OVER VIEW

<OVER VIEW>世界のIT業界、緩やかな市場成長へ Chapter1

2003/12/01 16:18

週刊BCN 2003年12月01日vol.1017掲載

 長い世界的不況に苦しんできたIT業界も、そこかしこ市場回復が感じられるようになった。しかし、これでITブーム再来を期待してはならない。市場は緩やかな成長期に入り、しかもユーザーのIT投資マインドもこれまでとは様変りしているからだ。ユーザーがITに期待するのはビジネスプロセスとITの一体化であり、これにともなって経営者のIT投資に対するROI(投資対効果)追求姿勢は一層厳しくなる。(中野英嗣)

ユーザーはTCO削減からROI重視へ

■勝ち組みが先行する市場回復

photo 00年後半から始まった世界IT不況は、03年秋口からようやく、そこかしこ回復基調が感じられるようになった。8-10月、ウィンテル市場で独り勝ちするデルの売上高は、前年同期比16%増、純利益は同21%増という快走が続く。また02年まで世界不況の直撃を受けていたIBMも、03年に入ると完全な上昇機運に乗り、1-9月の売上高は前年同期比10%増となった。ウィンテル市場のデル、エンタープライズ市場のIBMはそれぞれ勝ち組の代表だ。

 一方でヒューレット・パッカード(HP)や富士通、NEC、日立製作所はまだ回復基調が数字上には明確に感じられない。またUNIXの雄、サン・マイクロシステムズはさらに下降路線を走り、苦境から脱し切れずにいる。このように、回復基調はすべての有力ベンダーにわたるものではない。米ハイテク調査会社のIDCは、世界IT投資は前年の底から脱して、完全に回復基調にあると11月上旬発表した(Figure1)。

photo さらに04年の投資額は9160億ドル(100兆円)と、これまでのピーク00年の9060億ドルを上回るという楽観的予測値も公表している。

 世界のIT市場の動向は、IBMの決算数字から推測することもできる。同社は世界市場でビジネス展開し、ソフトとITサービスの比率も高く、ハードでは下位はウィンテルから上位はメインフレームまでを手掛けるので、同社決算は世界市場の縮図ともいえるからだ。IBM決算の売上高前年比も03年から大きく変化してきた(Figure2)。

 半導体を主力とするテクノロジーおよびパソコンは下降が続くものの、ストレージ、サーバーなどのエンタープライズシステムは前年までの減少から大きく反転し始めている。またITサービスのグローバルサービスは、コンサルティング会社のプライスウォーターハウスクーパース(PWCC)買収もあって、21%という大きな伸びを見せている。

 パソコン出荷台数は国内市場、世界市場ともに再び大きく伸び始めたが、それ以上に価格下落が激しく、金額としては伸びが期待できる状況にはない。また世界サーバー市場はデル、HPが相次いで低価格IAサーバーを投入したこともあって、7-9月期の台数は21%も伸びた(ガートナー調べ)。

 こうしてIT市場は回復モードに入ったが、これを牽引しているのは、ITバブルに躍って過剰ITに悩み続けていた米国企業が調整期を過ぎ、投資を活性化し始めたからだといえよう。

■変化する市場拡大の牽引要因

photo 回復基調にある世界IT市場も、従来的IT投資がその延長線上で伸長し始めたわけではないことには十分留意する必要がある。業界や市場にはこれまでとは異なる多くの動きが見られるからだ(Figure3)。

 大きな潮流の第1はオープンスタンダード採用の動きだ。世界最大のIT部門を擁する米ゼネラル・エレクトリック(GE)のギャリー・ライナーCIOも次のように語っている。「これまでユーザーは1社のベンダーに依存してシステムを構築してきた。しかし、ユーザーは特定ベンダーの囲みを嫌ってその縛りから逃れ始めようとしている。ただし、それはIT調達がマルチベンダーへと移ることではない。ユーザーはどのベンダーの独占も許さない本格的なオープンスタンダードIT導入へと急速に走り始めている」

 オープンスタンダードで最も顕著な普及が見られるのはサーバーOSでのLinuxだ。03年中盤の世界サーバーOSでLinuxシェアは23.1%で、55.1%のウィンドウズを追い始めている(IDC調べ)。

 第2は、ITシステムが変化する企業ビジネスプロセスに合致するような柔軟な、即ちオンデマンド型へと移り始めていることだ。この市場動向を反映してITベンダーの開発注力点も、オンデマンドを支えるシステム自体の自己管理機能を強化するバーチャリゼーション(仮想化)、オートノミック(自律型)コンピューティングへと移っていることだ。

photo さらにIBMなどはITサービス領域を拡大し、ビジネスプロセスのコンサルティングとITサービスを一体化し始めていることも大きな変化だ。またハイテクではITよりもAV(音響・映像)が市場牽引力を強めていることも、ユビキタス時代到来に見逃せない潮流だ。

 さらにITのコモディティ化がデルなどによって強力に推進されていることにも注目すべきだ。デルはエンタープライズの大型サーバーまでもコモディティ商品となった小規模IAサーバーのクラスタ構成によって制覇することを宣言した。低迷する市場が回復基調となったことで、今後大きな伸びを見せるのはハードやソフトなどIT商品ではなく、領域を拡大し、価格デフレも商品ほどに激しくないITサービスだ。ガートナーは、これまではほぼ横這いで推移していた世界ITサービス市場は04年以降、年6%以上の伸長が見られると発表した(Figure4)。

photo■TCO削減からROI追求へ、ユーザーも変わる

 これからIT市場拡大要因として最も期待されるのがウェブサービスだ。これは企業ビジネスパートナーのシステムをシームレスに連携させ、バリューチェーン(価値連鎖)全体の最適化を追求するITソリューションだ。このため、とくに米国のベンダーやソリューションプロバイダはウェブサービス構築強化へと動いている(Figure5)。

 ユーザーIT投資についても、これまでの固定的支出ウエイトを減らして、戦略的IT投資ウエイト増加を推奨する動きとなる。この方がベンダーやSP(ソリューションプロバイダ)が、ユーザーのROI(投資対効果)追求に明確に応えられると期待するからでもある。ユーザーの投資マインドもこれまでのようなTCO(所有総コスト)削減からROI追求重点へと移ってきた。photoIBMのサム・パルミザーノCEOも次のように語る。「ユーザーのTCOマインドはIT投資を減らしたが、ROI追求は新しいIT需要を喚起する力が強い」

 IT市場の変化は、世界のIT業界構造をも揺さぶる。欧米ではここ1-2年、ISVのM&Aが盛んであった。これに続いて米国ではSPの大規模化を目指すM&Aが目立ってきた(Figure6)。

 ISV、SPのM&Aが一段落すると、グローバルな規模での有力ベンダーの再編劇が始まると観測する米アナリストがウォール街には多い。
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