OVER VIEW

<OVER VIEW>緩やかな回復基調にある米国IT市場 Chapter1

2003/10/06 16:18

週刊BCN 2003年10月06日vol.1009掲載

 2000年から続いた長くて厳しい世界的IT不況は、03年中盤からやっと緩やかな回復基調が感じられるようになった。しかし、いち早くこの不況から脱したベンダーと、それに取り残されたベンダーを分ける厳しい環境に変わりはない。一方、これまでのITはユーザー、ベンダーの両方が反省を迫られ、新しい技術を実装したITに需要が生まれつつある。一方、IT構築への警告として、「ハーバードビジネスレビュー」掲載の論文が注目され、オンデマンド、エンタープライズアーキテクチャも今後のIT投資指針として米ユーザーの注目度は高まっている。(中野英嗣)

従来からのIT投資に対する厳しい反省

■緩やかな回復基調が感じられる世界市場

photo 00年中盤からの世界的IT不況は、03年中盤になるときわめて緩やかではあるが回復基調にあることが感じられるようになった。米ハイテク調査会社IDCによると、世界IT投資はピーク00年の9329億ドルから02年はピーク比12%減の8216億ドルまで低落したが、03年は4%弱のプラスに転じ、8520億ドルとなる。国内市場は世界市場ほどの落ち込みではなかったが、03年は前年比1.4%程度のプラスが期待されている(Figure1)。

 IDCは、低迷していた世界パソコン出荷台数も、03年には8%増と見込む。また、国内を含めて価格破壊が大きく、出荷金額が2ケタ落ち込みを続けた世界のサーバー市場も、03年4-6月期にはわずかながら0.2%増に転じた。同じ時期の国内サーバー市場は相変らず15%という2ケタ減だった。このような世界市場の動向も、有力ベンダーの決算に反映し始めた(Figure2)。

photo 直近四半期のIBMの売上高は、前年同期比10%増、コンパック・コンピュータを買収したヒューレット・パッカード(HP)は5%増、ウィンテル市場で独り勝ちするデルは16%近い伸びを示している。しかし、UNIXサーバーのトップであるサン・マイクロシステムズの売上減少には歯止めがかかっておらず、13%減という状況だ。

 世界的に見ると、エンタープライズ市場ではIBMが独り勝ちの様相を強めている。一方ウィンテルではデルが完全な独り勝ち体制を固めた。IBMに次ぐ規模のHPの決算には、IBM程の強い回復は感じられない。従って、今回の市場回復では、回復潮流に乗った数少いベンダーと、不況に取り残されたベンダーの明暗に分れている。

 しかし、この緩やかな回復は、従来的IT需要が回復したことによるものでないことに留意すべきだ。ハイテク市場のIT分野では、環境に即応した「オンデマンド経営」を支える新しいITインフラの需要、企業のeビジネスへの転換を主導するトランスフォーメーションコンサルティングや戦略的アウトソーシング、あるいはシステム複雑性を解消する自律型技術、そして複数のサーバーやストレージを1台のように管理する仮想化技術を実装した「管理し易いIT」の需要が回復を牽引していると考えられる。

 また、ユビキタス分野では、DVDレコーダ、ネット対応の薄型TV、デジタルカメラ、カメラ付携帯電話など新しい需要が市場牽引役である。こうしてこれからのハイテク市場ではオンデマンドITとユビキタスITの2つが主役になりそうだ。

■ユーザー、ベンダー双方が現行ITの反省を

 世界的IT不況時には、経済低迷もあって各企業にTCO削減の圧力が強まり、このムードがIT投資を減らしたという背景がある。この投資削減下でユーザーとベンダーの双方で現行ITが抱える問題点が浮上した。ユーザー側ではITの複雑性、各企業内にばらばらに入り乱れて構築されてしまった多数の部門最適化システムが問題視されるようになり、「ITがビジネスに真に役立っているのか」という疑問がユーザーで語られるようになった。

photo ベンダー側も、ユーザーの抱える課題から、ベンダーのシステムトラブル解決権能や、ユーザーのシステムライフ保証権能喪失が問題となった。またROI(投資対効果)を保証する思想をユーザーに提供していないこともベンダー側の反省点となった。

 この双方の抱える問題を解決するため、ベンダーは自律型、仮想化技術を実装するシステム、あるいは新しい分散コンピューティングであるグリッドコンピューティング、ウェブサービス技術開発を推進した(Figure3)。

 そしてこれらの新技術をもつITがユーザーに管理コストの削減、新機能の最速実装をもたらすことをベンダーは訴え始めた。さらに市場環境に敏速に対応できるオンデマンド経営を実現する新しいITシステムや、使った分だけ料金を支払う従量課金のハード、ソフト、ITサービスが市場に誕生し始めた。

photo こうしてユーザー、ベンダー双方の現行システムへの反省から新しいITの需要が活性化して、市場が緩やかに回復し始めた。米国では「TCO削減ムードはIT投資を減らすが、ROI追求は新しいITへの需要を創出する」と考えられるようになっている。

■システムのあるべき姿を問う、新しい視点からのIT投資

 米国IT業界およびユーザーでは、「エンタープライズアーキテクチャ(EA)」、「オンデマンドコンピューティング」という2つの概念と、「IT Doesn't Matter(ITはもはや重要でない)」という論文がこれからのITシステム構築に重要な指針を与えるものとして注目されている(Figure4)。

photo いずれも従来のITシステムに対して厳しい反省を業界とユーザーに迫る考え方である。現在米国ではこれらの考え方を採用したり、参照する動きが活発になっている。米国の有力経営理論誌「ハーバードビジネスレビュー」03年5月号に同誌のニコラス・カール編集長が寄せた論文「IT Doesn't Matter」は、「既にITは鉄道や電気のように社会に普及しているのに、これに巨額を投資しても、企業の優位性は確立できない」と主張している(Figure5)。

 経営者に対しては、「自社のIT利用率が低いことを心配するより、ITベンダーの口車に乗って、過剰なIT投資を絶対しないことに最大限の経営努力を払うべきである」と警告した。一方、オンデマンドコンピューティングはIBMや富士通など世界有力ベンダーが一斉に提唱した「市場環境に敏捷に対応してビジネス戦略を転換するオンデマンド経営」を支える新しい考え方のITソリューションである。さらに、EAは既に多くの米大企業やワシントン政府機関が採用している企業ITシステム構築のためのフレームワークだ(Figure6)。

photo 日本政府は「e-Japan重点計画」の電子政府システム構築にあたって、EAを積極的に採用し始めている。EAは目標を達成するため、ビジネス戦略とIT両面から投資と設計の全社統一ガイドラインを決定する手法である。この3つの考え方の視点や論点はそれぞれ異なるが、いずれもこれまでのITのあり方に疑問を呈し、これからのITシステムのあるべき姿を問い直すことを主張する。新しい視点に立つ考え方が、新しいIT需要を喚起する。
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