OVER VIEW

<OVER VIEW>オンデマンドコンピューティングの幕開け Chapter2

2003/09/08 16:18

週刊BCN 2003年09月08日vol.1005掲載

 IBMなどが提唱した「オンデマンド」の考え方は、処理能力の増減に合わせてサーバー性能などを従量課金で変動できるコンピューティングがその発想の原点でないことに留意する必要がある。オンデマンドの原点は、あくまで市場や需要の変化に合わせて即刻ビジネスを変革できる柔軟な経営モデルである。各ベンダーはダーウィンの主張した「生き残る者の条件」を引用しながら、オンデマンド経営をユーザーが追求すること、そしてこの実現に必要な新しいITを普及させることに注力し始めた。(中野英嗣)

オンデマンドは新しい経営モデル

■オンデマンドは経営モデルを意味する

photo 進化論を唱えたダーウィンは著書『種の起源』で、「生き残る生物は決して大きなものでも強いものでもない。それは変化に対応して柔軟に適応できるものである」と述べている。

 今、世界の有力ITベンダーは一斉にこのダーウィンの主張を引用し始めている。それは、「オンデマンド」概念が目指すのは、このような変化に柔軟に対応できる経営体実現を目指す新しいITアーキテクチャの普及であるからだ。

 IBMのサム・パルミザーノCEOが02年に自社の新戦略「eビジネスオンデマンド」を提唱してから、「オンデマンド」は次世代ITのキーとして定着した。しかし、IBMの当戦略担当GM、アービング・ダラウスキーバーガー氏は、「オンデマンドを従量課金制の電力、水道、ガスのようなユーティリティコンピューティングサービスだと誤解する人が多くなった。しかしオンデマンドは新しいITアーキテクチャを発想の原点とするものではなく、あくまで市場環境や需要変化に柔軟に対応してビジネスモデルを変革できる経営体のことである。この経営を支えるのがオンデマンドコンピューティングだが、原点は新しい経営体の追求であることを忘れてはならない」と繰り返し述べている(Figure7)。

photo IBMに続いてヒューレット・パッカード(HP)やNEC、日立製作所、富士通も表現は異なるが、IBMと全く同じ狙いをもつ経営モデルと、これを支えるITアーキテクチャを提唱し始めた。さらにマイクロソフトなどのソフトベンダーやEDSのようなサービスベンダーも同じ趣旨の概念を唱える。

 HPが提唱する「アダプティブエンタープライズ」とこれを支えるITアーキテクチャも、その狙いはIBMのオンデマンドと全く同じだ(Figure8)。

 IBMは97年に自ら唱えた「eビジネス」概念を具体化するためにIBM自身をeビジネス活用の先進企業とした。これと同じ戦法をオンデマンドでも採り、ニューヨークで稼働し始めた300ミリウェハーを用いる最先端半導体工場を需要変化に即応して生産調整できる「オンデマンド経営」モデルとして宣伝し始めた。

■オンデマンド経営を支えるITの進歩

photo 市場環境や需要動向の変化に敏捷に対応し、自社ビジネスを変革できる経営体がオンデマンド経営である。IBMは企業の競合力強化のキーがこのオンデマンド経営であることを主張する(Figure9)。

 そして、この環境変化に素早く対応しようとするマインドがまず経営者に求められるとIBMはいう。オンデマンド経営のポイントは、第1がビジネスプロセスが社内だけでなく、ビジネスパートナー、顧客までを含めてent-to-endに統合されることである。それはオンデマンドの狙う最大の目的が、バリューチェーン全体での最適化であるからだ。

 第2が市場変化や競合他社の脅威への敏捷な対応である。もちろんビジネスプロセスとITインフラの統合が目指されている現在、オンデマンド経営を実現するのは、これを支えるITインフラである。

 IBMはオンデマンド経営への要請は目新しいものではなく、従来から提起されていたという。しかし、従来はITインフラの発展が十分でなく、この経営を実現するのは困難であったという。

photo しかし今や、ITは十分に発達し、オンデマンド経営を具現化できるまでになったと、日本IBM基礎研究&EBO担当の岩野和生取締役は説明する。同取締役はオンデマンド経営を実現するITは、とくにアルゴリズムの発展と、アプリケーションの進展によってもたらされたと説明する(Figure10)。

 ビジネスの要請から生まれたオンデマンド経営を実現できるようになるまでに今日のITは発達したのだ。90年代中盤から世界の大企業・中堅企業はERPやCRM、あるいはSCMなどの導入を急ぎ、そのためIT投資の大部分がその基盤となる各種システム間の統合、即ちEAI(エンタープライズ・アプリケーション・インテグレーション)に向けられてきた。これは、既に企業はオンデマンド経営を実現するITインフラ構築に着手していたと理解できる。

 この統合プロセスにおいて、現行ITの複雑性増大など問題が一挙に顕在化してきた。従って、新しいアーキテクチャの導入は、オンデマンド経営への移行を進めながら、あわせて現行ITの課題解決という2つの目的をもつと考えるべきだろう。

■4つの特徴をもつオンデマンド経営

photo IBMは、オンデマンド経営は(1)敏捷(レスポンシブ)、(2)柔軟(バリアブル)、(3)集中(フォーカスト)、(4)回復(リジリアント)という4つの特徴をもつと説明する(Figure11)。

 敏捷とは環境変化に即刻対応することだ。柔軟とは現実の環境を適格に分析し、それに対応できることだ。IBMはもはや「予測」はきわめて難しいと多くの経営が経験していることで、この難しい予測の正確性を追求するより、現実の世界を適格に把握して、瞬時にこれに対応できる経営の柔軟性追求の方が、企業にとって重要な課題になったと主張している。すなわち、「予測より、現実への即応性の方がより大切である」とIBMは説く。

photo 集中化とは、コアコンピテンシー以外のビジネスはできるだけ戦略的パートナーにアウトソーシングできる体制づくりだ。回復はシステム障害だけでなく、テロなど外部の脅威への対応力である。

 さて、このオンデマンド経営を支える新ITアーキテクチャに基づくオンデマンドコンピューティングをIBMは「オンデマンド環境」と呼ぶ。これは、(1)統合化、(2)仮想化、(3)オープン、(4)自律型という4つの特徴をもつコンピューティングである(Figure12)。

 統合化は社内だけでなく、パートナーや顧客までのアプリケーション統合を指す。仮想化は今日のサーバー/ストレージ統合を可能とし、これからはグリッドコンピューティングを実現する次世代ITの重要な技術だ。オープンはIBMメインフレームに続いて、パソコン市場を支配してきたウィンテル仕様からの解放を意味する。自律型はシステム複雑性を解消するシステムの自己管理機能を強化する主要技術だ。こうしてオンデマンド経営はオンデマンド環境と表裏一体の関係にある。
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