大航海時代

<大航海時代>第22篇●新しき勇者たちへ 第74話 ワットのアイデア

2003/03/17 16:18

週刊BCN 2003年03月17日vol.982掲載

水野博之 立命館大学 客員教授

 ジェイムス・ワットは実直な職人であった。彼が蒸気機関の画期的改良をなしとげ、有名になった後で、グラスゴー大学のある教授が彼の発明をほめたたえたとき、彼はボソボソと「私は先生方のように機敏で賢くはありませんよ」と言った。多少の皮肉はこの言葉のなかにふくめられているかもしれないが、この言葉は彼の気持ちそのものを代弁している、といってよいであろう。

 実際に、彼はいろんな器具の改良に大変熱心であったが、商売は一生、大嫌いであった。金の勘定を始めるとすぐ頭が痛くなるほどであった。そんな彼であったから、華やかなビジネスなんてやろうにもできない。彼が選んだのは、グラスゴー大学で使われる機器の保全の仕事であった。格好よく言えば、“科学器具の製造販売”ということになろうが、その実は教授先生の実験器具のお手伝いであり、先生方がこわした器具の修繕担当であった。

 1763年のある日、そんなワットのところに、ニューコメンの模型を修理する仕事が持ち込まれた。根が職人で、商売よりこんなものをいじるのが大好きであったワットは、機械を修理しながら、「なんでニューコメンの機械はこんなにも能率が悪いんだろう」と思案をめぐらすわけである。一度、1つのことにとりつかれると、ワットは寝ても覚めてもそのことを考える癖があった。

 伝えられるところによると、ある日曜日の朝、ブツブツ言いながらグラスゴーのゴルフ場を散歩していたワットの頭に、天啓的に1つのアイデアがひらめいた。それは、ニューコメンの機関では同じシリンダを暖めたり冷やしたりするから効率が悪いのだ、という簡単なことであった。ワットは、蒸気を別の凝結器に導く構造にすればシリンダはいつも熱く、凝結器はいつも冷たくしておくことができると考えたのである。(大阪城にて)
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