視点
工業化するソフト開発
2003/02/17 16:41
週刊BCN 2003年02月17日vol.978掲載
求められる“非属人的”な枠組み
情報サービス産業、構造変化の時代に情報サービス産業が構造変化を迫られている。業績悪化でコスト意識が厳しくなったユーザー企業は投資分野を絞り、投資対効果をシビアに求め始めた。IT投資はもはや聖域ではなくなった。これに対応するには、情報サービス会社側に新しいフレームワークが必要になる。それは、既成パッケージやソフト部品の再利用、開発手法の見直しなどを進め、安定したコストや品質で成果物を提供できる工業化の仕組みだ。カンと経験で開発要員を投入、コストを積み上げるだけの従来手法では限界がある。いち早くその点に気づいた情報サービス会社は、需要低迷の中でも着実に売り上げを伸ばし、高収益を誇る。(坂口正憲(ジャーナリスト)●取材/文)
■利益伸ばす住商情報、オービック 中堅向けERPパッケージが原動力
経済産業省の統計によると、情報サービス産業の売上高は2002年下半期(02年7-12月)、前年同期比平均0.5%弱となり、需要減退の傾向が明確に出ている。
ただ、実態としては、上半期から厳しさが増していた。株式を公開する情報サービス会社70社(直近半期決算で売上高50億円以上)で、中間期決算を調べると、30社が減収である。「下期も大幅な回復見通しは立たない」とする企業が多く、情報サービス産業にとって、久々のマイナス成長となる可能性がある。
これが景気循環にともなう需給調整ならば、大騒ぎすることはない。一時的に急成長した業界にはよくあることである。ただ、そう楽観はできない。
大和総合研究所企業調査第二部シニアアナリストの上野真氏は、「情報サービス産業は構造変化の時代に入った。ソフト開発は技術者の職人芸から工業化に向かっている。この流れに対応したフレームワークがあるかどうかで、今後も成長できるかが決まる」と指摘する。
職人芸と工業化の違いを例えるならば、大工が設計・施工する住宅と2×4(ツーバイフォー)住宅の違いである。大工は顧客の細かな要望を聞き取り、1つひとつ手作りで築き上げる。その分、高い報酬を得られる。一方、2×4住宅は一種の工業製品だ。製造原価や作業工程、品質を緻密に管理し、低コストで商品を供給する。利潤を得るには販売においても、周到な市場開拓や営業努力が重要になる。
情報サービスで工業化と言えば、まず既成パッケージやソフト部品の再利用、開発手法の見直しなど進め、安定したコストや品質で成果物を提供できる仕組み(フレームワーク)をもつことだろう。最終的な完成度は高いが、その分コストが高く、属人的な要素(技術者の量やスキル)で品質が変化する従来型の手組み開発とは大きく違う。
どちらの手法が優れているとは言えない。だが、不況下のユーザー企業からは、「手組みのシステムは理想だが、多少の不都合は我慢してでも総コストを抑えたい」というコスト要求が強まっている。その傾向は情報サービス会社の業績に現れている。
例えば、業績好調な住商情報システムとオービックの2社の共通点は、中堅企業向けERP(基幹業務システム)パッケージの直販が順調な点である。
住商情報は03年3月期の9月中間決算で、売上高を前年同期比で12.6%伸ばした(70社平均は3.4%)。
オービックは25%(同5.6%)の高い営業利益率を誇りながら、安定成長を続ける。営業利益が半分、10分の1になる企業が続出する中で、低価格なパッケージを中心とする2社の好調ぶりが目立つ。
コメルツ証券ファンダメンタル・リサーチ部シニアアナリストの今中能夫氏はこう分析する。「不況下でも力のある企業は、IT投資の意欲がある。ただ、従来と違い、ハードウェアや情報系の更新は後回しにして、基幹系のソフト開発に投資を集中させている。この分野で強いパッケージ製品をもち、なおかつ最終顧客を自社で開拓できる企業の業績は安定している」
しかも、2社とも単に本数で利益を稼いでいるだけではなく、「営業の進捗管理や業種特化の営業展開など、効率的な営業の仕組みができあがっている」(上野氏)と言う。
従来、予算上限が低い中堅企業案件は赤字に陥りやすいと言われたが、2社は営業の効率性でそのリスクをカバーする。
■一段と強まる顧客の価格要求、生き残りのカギは顧客と製品
何も工業化はパッケージ販売だけを意味するのではない。
ベンチャーのフューチャーシステムコンサルティングは、中間決算で売上高を一気に50%伸ばした。「開発工数を大幅に削減する独自手法が評価を受け、大手コンピュータメーカーと伍して大型契約を結んでいる」(今中氏)。コストを引き下げる新しい枠組みを生み出したわけだ。
情報サービス産業が工業化する過程では、“コスト”のウェートが高まるのは間違いない。その中では、より顧客側にシフトしなければ不利である。従来型のソフト開発会社が下請けとして提供する開発力の単価は徐々に下がる。「地方では、SE(システムエンジニア)の単価が人月40万円まで下がっているケースがある」(中堅ソフト開発会社経営者)。その傾向は、メーカー系やユーザー系(親会社との取り引きが4割以上)の情報サービス会社の業績に如実に表れる。
例えば、富士通の情報サービス子会社3社の03年3月期の9月中間決算は、売上高は平均で9%のマイナス、営業利益率の平均は3.1%まで下がった。顧客からメーカーに対する価格圧力が、そのまま情報サービス子会社に押し付けられる。
独立系でも特定メーカーへの依存度が高い企業は業績が悪い。老舗の日本システムディベロップメントはこの中間期、10%以上の減収である。
情報サービス業界では最近、「ユーザー企業がIT投資のROI(投資回収率)を重視し出した」と言われる。考えて見れば、当然なことである。ITにコストをかければかけるほど、企業は強くなるというのは幻想である。
“IT幻想”から目覚めたユーザー企業が価格圧力を増すことがあっても、減らすことはないだろう。
新光証券・企業投資調査部シニアアナリストの小野田俊昭氏が次のように指摘する。
「自動化が進んだ家電品製造などでは、製造原価に占める人件費の割合は10%以下と意外に小さい。それでも人件費をさらに削ろうと、苦労しながら中国などに進出している。それに比べソフト開発では、依然、原価の70-80%を人件費が占め、工夫が少ない。ユーザー企業がこの構図を許さなくなる」
需要減退という現実を突き付けられた情報サービス産業は、今後さらに構造変化を迫られるだろう。
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