視点

「ケ」の悩み

2003/02/03 16:41

週刊BCN 2003年02月03日vol.976掲載

 関係している電子図書館で、「ケ」をどう入力するかが、議論になった。霞ヶ関や、1ヶ所、三ヶ日などの、あの字だ。入力の元になる本には、大ぶりに作ったケと、小振りに作ったヶの双方が現れる。1つの作品で、両者が混じりあっている例もある。

 JIS漢字コードには、「ケ」に見える文字が大小2つ用意されている。テキスト化に際しては、紙の上の「ケ」をどちらで入れるか、選ばなければいけない。大か小か、はっきり見分けがつけば態度も決めやすい。だが、どちらとも判断に迷うケースがある。どう対処するべきか考えている内に、そもそも「ケ」にはなぜ、大小の2種類があるのか、疑問に思えてきた。

 調べてみると、大小は源を異にする、本来は全く別の字であるとわかった。一方は片仮名のケで、こちらが大。かたや小は、「箇」の略体の「个」、もしくは、「箇」のたけかんむりの1つを採ったものに由来する符合で、問題のケースには本来、この符合、つまり小を使うのが正しいらしい。だがこの2つは、あまりにも形が似通っていた。そのために、両者を区別しないで使うことも広く行われるようになった。その一方で、意識して両者を使い分ける流れもまた、確かに残った。

 そうした「ケ」を巡る絡み合った事情は、インターネットの上にも鮮やかに刻み込まれていた。しかもここでは、誰が違いを意識し、誰が意識しなかったかの跡を、実にたやすくたどることができる。インターネット上にアーカイブされた日本語テキストは、巨大な用例集だ。検索の仕組みを整えておけば、日本語の巨大なプールから「ケ」の用例を洗い出せる。入力の元になった本をあたれば、印刷の歴史の中で、「ケ」が如何に処理されてきたか、時間軸上の傾向まで含めて把握できる。国立国会図書館が用意した、書籍版面の画像データベース、近代デジタルライブラリーと連携させれば、机上で確認までが可能になる。印刷時の混乱に加えて、大小の混用が、電子テキスト化に際しても新たに生じている事情まで、はっきりと把握できた。その上であらためて、「ケ」をどう入力するべきかの検討を進めている。

 「ケ」は確かに小さな問題だろう。だが、蓄積された、幅広い人の経験を貫き通す分析や問題把握を可能にするインターネットの大きな力は、とるに足らないこの悩みからも明らかだ。
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