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<特別対談>98年 パソコンはこう変わる--メルコ 牧 誠社長×NEC 高山由常務
1998/02/09 11:00
編集部
低迷が体質改善のきっかけに
携帯性や業務用に特化した製品を
パソコンは進化する。その進化を支えるのは、常にユーザーの使い勝手をもっと良くしようというメーカーのアイデアと技術革新である。国内最大手のNECは今、新シリーズ「PC98―NX」において、今後のパソコンの利用環境に不可欠な新しい技術を先取りし、提案している。一方、そうした最新技術にいち早く対応しながら、真にユーザーの視点に立った製品を提案しているのが周辺機器大手のメルコである。同社の「パソコン、もっと使いやすく」というスローガンは、まさに業界全体の使命といってもよい。そこでNECの高山由常務とメルコの牧誠社長に、これからのパソコンのあるべき姿と技術革新の方向性について語り合ってもらった。
-----今年のパソコン市場の見通しと、市場活性化の決め手は何でしょうか。
高山 当分厳しい状況が続くと覚悟しておいた方がいいでしょう。ただ、個人需要でいうと日本の消費者は基本的にお金をもっていますから、必要ならばそろそろ購入し始めるんじゃないでしょうか。また、企業も情報化投資の必要性は十分に理解しています。最近の金融システムへの不安をはじめとした経済環境の悪化から、企業も個人も買い控えをしているのが現状ですが、資金が回り始めれば消費力は上がっていくと思いますね。
そうした期待のもとで、ではパソコンのビジネスをどうすればいいかというと、NECでは今年、市場および用途を明確に分けた製品事業展開を図っていくつもりです。これまでパソコン分野は、ややもするとCPUやOSのプラットフォームばかりに目が行っていましたが、ユーザーが購入するのはパソコンという装置なんです。
したがって、これからはパソコンをコモディティ化させていくためにも、装置メーカーとしての知恵を発揮し、ユーザーにとって魅力ある製品を提案していかなければなりません。その意味でここ1年の厳しい状況は、むしろ業界にとっていいムチ、試練を与えられていると受け止めています。
牧 おっしゃる通りですね。確かに現状はかなり厳しいですが、今年の市況の見通しでいうと私は年央、早ければ4月以降から回復してくるのではないかと期待しています。それは政府が打ち出した景気対策に対して、金融市場がここにきて少しずつ反応し始めているからです。
企業経営からいうと、今もっとも深刻なのは銀行の貸し渋りですが、基本的にファンダメンタルズが悪くなっているわけではない。金融システム不安からくる貸し渋りで、市中にお金が回らなくなっているのがコンピュータ産業にも影響しているわけですから、金融の問題が解消されれば急速に回復してくると感じています。現在のパソコン業界の低迷も、業界全体の体質改善につながれば、結果として良かったといわれるでしょう。
高山 我々も手をこまねいているわけにはいきませんから、どんどん打開策を打ち出していかないといけませんね。NECの今年の活性化策をいいますと、まず店頭コンシューマ向けは、低価格で魅力のある商品をつくっていくことに尽きます。単に低価格なだけでなく、例えばインターネットの活用にしてもサインアップできるだけでなく、どう使えば役に立つのか、楽しいのかをユーザーから見てわかりやすく享受できる商品でないと。
一方、企業向けはネットワーク利用が前提で、とくにこれからはインターネット/イントラネットの使い方が一段とクローズアップされてくるでしょう。具体的にはWebコンピューティングの環境において、企業の基幹業務の情報と、エンドユーザーの個人情報が融合してくるスタートの年に今年はなると思います。
そのためには、より強力なサーバーが必要ですし、クライアントには従来のパソコンのほかにネットPCやNC(ネットワークコンピュータ)も選択肢としてあがってくる。つまり、企業システムとして本当のクライアント/サーバーの使い方が活発化していくと見ています。
さらに注力する点としてあげておきたいのが、モバイル・コンピューティングの分野ですね。NECではこれまで電子メール専用端末「モバイルギア」の事業を展開してきましたが、この分野の潜在的な市場は非常に大きいと考えています。
牧 コンピュータというのは、とくに企業からいうと省力化、仕事の効率化の決め手ですから、パソコン業界の低迷が長期化することはないと思います。高山さんのお話にあったモバイル・コンピューティングも、会社全体の情報共有化を進めながら市場競争力の強化に向けた重要なツールになっていくでしょう。
-----市場の動向に目を転じてみると、価格および供給面で不安定な状態が続いているメモリの動向も気になりますね。
牧 価格はまもなく下げ止まると思います。昨年末のような不安定な状態からは抜け出して、今年は受給のバランスがタイトになったり緩んだりと変動しながら、徐々にメモリ需要が拡大する方向へ動く年になりそうです。そして1年後の来年には、むしろメモリ不足がかなり深刻になると見ています。
高山 牧さんのご指摘通り、今年半ばから後半には新しいプラットフォームとしてウィンドウズ98およびウィンドウズNT5・0が出てきますから、パソコンとしても一段とメモリを消費する形になるでしょう。メモリ需要というのは、マルチメディア・ネットワーク時代に向けてますます増加していきますから。
牧 ですから、メモリ製品を提供する我々としても、これから来年に向けてメモリの安定供給を確保するための手だてを講じておかなければなりません。現在、国内外の主要半導体メーカーとDRAM供給に関する長期契約を進めていますので、メモリ不足になっても安定供給できると確信しています。これは国内トップメーカーとしての使命ですからね。
いずれにしても、メモリ関連を含めてコンピュータ産業が将来的にまだまだ成長していくのは間違いありませんから、たとえ今ひと呼吸置いたとしても、それをいい見直しの時期ととらえて、業界を挙げて魅力のある商品づくりに努力していく必要があるのではないでしょうか。
●PC98-NXがもたらしたもの
-----その意味で、今後のパソコン市場活性化の大きなカギを握っているのがPC98―NXシリーズの動きですが。
高山 今後の戦略として先ほど市場および用途別の製品事業展開の話をしましたが、製品そのものとして技術的な背景を踏まえて今年もっとも注力しているのはディスプレイです。というのは、従来のCRTモニタが大型液晶ディスプレイにシフトしていく切り替わりの時期が今年になると見ているからです。
パソコンは魅力のある情報をやりとりする装置ですが、その情報を映し出すディスプレイは省エネ、省スペースなどの観点からも、もっと改善されていいはずです。人間にとって目で見たり耳で聞いたりすることが、感動、感激につながるのですから。
液晶ディスプレイもここにきて大型化し、低価格になってきました。さらにUSBやIEEE1394といったインターフェイスの新しい技術も立ち上がってくる。その中でまず形が変わるのはディスプレイだと思います。こうした装置技術に着目して、より魅力のある商品を提案していくのが我々装置メーカーの役割ですよ。
牧 我々も液晶ディスプレイは今年最も注目している製品です。15インチDSTNを9万9800円に値下げしましたので、かなりお求め安くなったと思います。DSTNもパネルやバックライトの改良でかなり見やすくなりました。オフィスでの仕様には十分対応できる水準になったと思います。液晶ディスプレイの導入はTCO削減にもつながります。賃貸料が高い東京のオフィスなどでは、CRTを液晶にすることで、月に1万円以上のコストダウンになるんですよ。
-----PC98―NXの立ち上がりはいかがですか。
高山 企業ユーザーさんに、個々の資産との継承性を評価していただいている状況です。というのはPC98―NXが長年続いてきたパソコンの16ビットアーキテクチャの壁を超えて、PC97/98規格に準拠した32ビットの新しい技術を盛り込んだ製品だからです。新しいアーキテクチャを先取りしただけに、過去の資産との継承性における評価はどうしても必要なんですね。
PC98―NXの良さはすでにご理解いただいているのですが、企業ユーザーにとってはやはり自社のシステムで使ってみて問題がないかどうかを調べるのは当然でしょう。したがって、そのための評価用の貸し出しマシンが、当初予定していた台数の倍近くになっています。ただ、最近では大口受注も決まり出しており、AT互換機ユーザーからいち早く注文をいただくケースが増えてきています。
牧 周辺機器メーカーの立場からいうと、PC98―NXはまさに新しいパソコンの姿を先取りしたものだと思います。ただ、PC98規格そのものは、資産の継承性を重視する企業ユーザーに浸透していくのに少し時間がかかるかもしれませんが、PC98―NXは間違いなくこれからのパソコン像を表しています。
そこで我々も微力ながらぜひ応援したいと思い、専用のメモリボードなど対応製品を98―NXの出荷に合わせていち早く投入したわけです。PC98―NXの登場を機に、USBやIEEE1394という新しいインターフェイスが出てきましたが、我々としてはまさに待ち望んでいた技術です。これによって、周辺機器メーカーとしていろいろなことができる可能性が大いに広がっていきますよ。
-----メルコではUSB対応の液晶ディスプレイもいち早く商品化されましたね。
牧 ええ。商品化にあたって我々が以前から考えていたのは、モニタ・セントリックなんです。つまり、パソコン本体が机の上にあるのはおかしいと。モニタとキーボード、マウスだけが机の上にあればいい。パソコン本体ではなく、モニタが接続の中心になるという考え方です。
これからはUSBで周辺機器との接続を簡単に行うことができますから、それを本体ではなくモニタに装備すれば、いちいち本体の後ろに手を入れて煩わしい接続作業をする必要がなくなります。そうなると、今度は例えばモニタにスピーカーやテレビカメラを装着するなど、モニタ自体が多機能化する。まさにモニタ・セントリックの時代になってくるわけで、それこそメルコの出番だと思っています。
高山 NECでも今年1月に発売した企業向け「メイトNX」の省スペースモデルが、まさにその考え方です。ユーザーにとっては情報を見たり操作したりする装置だけ手元にあればいいんですからね。
牧 実は、USBについてはウィンドウズ98が出てくるまで待たないと仕方ないかなと思っていたのですが、NECさんがいち早くPC98 ―NXで実現された。これは画期的なことです。これらのスペックは省スペース化をはじめ、TCOの削減という観点からも非常に大事なポイントですから。ただ、先取りした製品だけに販売面ではご苦労も多いようですが、それも先駆者の宿命かもしれませんね。
高山 確かに新しい標準といっても、店頭などで説明を要するケースが多いのが現状です。しかし、PC98規格は今年間違いなく当たり前のプラットフォームになります。他のメーカーも必ず対応せざるを得ないんです。その意味では業界全体のためにも、産みの苦しみに立ち向かわなければなりません。
●ウィンドウズ98で何が変わるのか
-----そのPC98規格に基づいて、NECがPC98―NXで先取りした技術を生かす利用環境として、今年半ばにもウィンドウズ98が登場します。市場にとっては大きなインパクトを与えそうですか。
高山 ウィンドウズ98そのものはあくまでプラットフォームですから、その上で市場および用途向けにどんな魅力のある商品を打ち出していくかが肝腎です。そうした観点でみると、ウィンドウズ98とともにコンシューマ向けのウィンドウズCEおよび企業向けのウィンドウズNTをどう活用し、事業展開していくかが今年の大きなポイントです。
我々としては、ウィンドウズ98はあくまでOSの1つのステップとしてとらえており、そこからCEおよびNTワークステーションによって、コンシューマ向けと企業向けにOSが分化していく。もちろんウィンドウズ98そのものも16ビットから32ビットへとアーキテクチャが移り変わり、大幅な性能アップが図られますが、OSとしてはウィンドウズ95の時ほどのインパクトはないでしょうね。
むしろ、ウィンドウズ98から広がっていくCEやNTワークステーションの動きをにらみながら、市場および用途別にセグメント化した商品づくりを考えていくことがポイントです。したがってPC98―NXも、今後コンシューマ向けと企業向けをはっきりと分けていくつもりです。
牧 ウィンドウズ98の市場へのインパクトについては、業界でも慎重な見方が多いようですが、私は結構大きな反響があるんじゃないかと見ています。USBやIEEE1394への対応をはじめ、マルチスクリーン機能などビジネス用途で非常に有効な機能が盛り込まれていますからね。そういう意味では、ウィンドウズ98によってパソコンはますます使いやすくなる方向へ進化していくでしょう。
そしてそれ以上に今年パソコン業界にインパクトを与えるのが、バスのクロック数100MHzへの移行だと思います。これに対応してメモリもパソコンの性能を大幅に向上させる「PC/100」規格に対応した製品が今年は登場してきます。今まで66MHzで動いていたパソコンが100MHzになるわけですから、パソコンが飛躍的に高速化し、DVDソフトのスムーズな再生などが可能になるわけです。
しかし、100MHzで動作させる製品を提供することは、ノイズなどの問題があり簡単なことではありません。製品化できるメーカーも限られていると思います。当社ではすでに「PC/100」対応メモリを製品化しており、台湾のマザーボードメーカーなどにも評価をお願いしています。今後はこの100MHz対応のメモリが主流になっていくでしょう。
-----こうした従来のパソコンのイメージを変える高機能化が実現すると、ユーザーにとってより使いやすいパソコンというのが求められるようになりますね。
牧 ウィンドウズ98の話とは別になりますが、使いやすさの観点から私が疑問に思っているのはノート型パソコンのあり方です。最近は企業でもノート型が大量導入されていますが、理由は省スペースだからですね。一方ノート型の本来の目的は携帯用ですよね。もし企業にとって省スペース化を目的にしているのなら、もっとオフィスにフィットする形のパソコンがあるべきだと思いますね。そういう狙いでメルコでも5年ほど前から省スペース型パソコンを考えて、一昨年商品化もしたんですよ。
高山 まったく同感ですね。今のノート型パソコンは用途別の観点からいうと中途半端な商品だと思います。オフィスで使うものならば本体を省スペース化して、ディスプレイは15インチや20インチの液晶タイプがいい。一方、携帯用はもっと持ち運びのためのバッテリーの持続を重視して、本来のあるべき姿を目指すべきでしょう。省スペース型については、NECでは従来の「98Fine」で対応してきたのですが、ここにきて大型液晶パネルがコストダウンできるようになってきましたから、大いに力を入れていきたいですね。
牧 もう1つ考えたいのは、たとえ本体が小さくなっても周辺機器との接続が煩わしいことです。コネクタや拡張スロットが本体の後ろにある状況を考えると、オフィスではネットワーク化とともに周辺機器も上手に共有して管理できるようにしたいですね。
高山 つくづく思いますが、一般用途のパソコンからは、拡張スロットを一切なくしたいですね。パワーユーザーやエンジニア向けには当然必要ですが、一般のユーザー向けには絶対に排除した方がいい。そうしないといつまでたってもパソコンはコモディティ化しませんよ。そのためにもUSBやIEEE1394をうまく使って、本体を目の前から撤去したいですね。
牧 そう、本体が表に出てきてはいけないんです。そのためにもディスプレイをはじめとした周辺機器に、USBやIEEE1394の技術を取り込んで、接続や拡張するための機能を統合していく必要がありますね。高山さんのおっしゃる通り、我々がそういう使い勝手のいい装置を提案していくことが、これから一般に広くパソコンが普及していくカギを握っていると思います。
高山 例えば企業のエンドユーザーでも、自分でソフトを使い分けてどんどん積極的に使う人もいれば、与えられた業務だけにしか使わない人もいる。同様に個人ユーザーでもパワーユーザーもいれば初心者もいる。パソコンはそういうユーザーの利用状況に応じてもカテゴライズしていくべきだと思います。
牧 そう考えていくと、私はパソコンというのは衣服と同じだと思うんです。パソコンもこれからは衣服のように、女性服や学生服、子供服にビジネススーツといろいろあっていい。しかもフォーマルだとかカジュアルだとか。そこでふと考えてOSやCPUは何かというと、木綿やビニールといった素材なんですね。でもこれまでは、この素材の論議ばかりしてきた感じがします。
高山 確かにパソコンの黎明期はプラットフォームの競争でしたが、今それが安定してきた。これからのお客さんはプラットフォームを買うんじゃない。使って役に立つ、楽しくなるという満足感を得るための装置を買うんです。
牧 安定してきた素材を生かして、これからいかに多種多様のユーザーに合わせて魅力のある商品を提供できるか、こうした応用技術は日本のお家芸でもありますから、業界全体で盛り上げていきたいものですね。
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