米Red Hat(レッドハット)は日本進出以来、業績を伸ばし続けている。新たに日本法人の社長に就任した三浦美穂氏は、コンテナ基盤「OpenShift」をDX基盤として国内企業に普及させることが日本の競争力につながるとし「この先、2年程度で国内企業の半分にコンテナ化を進めたい」と意気込む。中立の立場で共通の基盤を提供できることが強みとする三浦社長に、国内市場における成長戦略を聞いた。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
中立を保ちシナジー効果を出す
──7月に社長に就任されました。日本IBMから社長になられましたが、レッドハットの立ち位置に何か変化はあるのでしょうか。
中立で独立ということには全く変わらないです。よく、(IBMの企業カラーである青を意味し)ブルーウォッシュするのかと言われますが、IBMの色を濃く出すということは私の意向としては全くありません。やはり、オープンで公正で公平でというところがレッドハットの良さなので、そこは変わらず。IBMからの異動ではなく退職して、外部採用の場合と同じ手続きで転職しました。成長企業のトップにチャレンジしてみたいと思いました。
一方で、私が社長に就いたことで、IBMと協力してお客様に提案するような橋渡しは、お手伝いできるかと思います。 お客様やパートナーからは、当社に対していつも独立していてほしいという声と同時に、もうちょっとIBMと協力してワンチームで提案してよ、という声をいただくこともあります。そういうところでうまくシナジー効果を出していくことに貢献したいです。
可搬性で企業の共通基盤に
──重視するソリューションについて教えてください。
柱は三つです。一つめは「Red Hat Enterprise Linux(RHEL)」。フットプリントとしてはすごく大事で、まだ成長の余地もあるし、拡大していきたい。二つめは「Ansible」です。自動化・運用の省力化は、日本でも大きな課題になっています。三つめは、「OpenShift」です。日本全体のデジタル化の基盤になると思っている製品で、次の成長を牽引してくれると考えています。
──デジタル化の基盤という面で、日本市場をどう分析していますか。
コロナ禍の影響もあって、クラウドへのリフトはかなり進みました。次の段階のコンテナ化になると、SoE系の業務はコンテナやアジャイル開発でやってみようという取り組みが進んでいますが、基盤のコア業務のところにまで踏み込んでアジャイル開発が浸透しているかというと、まだ20%から30%くらいの企業にとどまっています。これから基幹業務のハイブリッドクラウド化やアジャイル開発が進むとみています。
パブリッククラウド化は進みましたが、少し揺り戻しが起きています。クラウドやデジタルを適用した手軽なSoEも、基幹業務につなげようと思うと、データはオンプレミスがいいケースもあります。全部クラウドではなくハイブリッドにしたいというお客様がすごく増えています。
OpenShiftを活用していただくことで、オンプレミスでつくったものをクラウドでも動かせるし、開発はパブリッククラウドで進めるけれど本番はオンプレミスで、というようなことが可能になります。ハイブリッド化やデジタル化の一層の進展を当社がお手伝いできると考えています。
──ハイパースケーラーを含む大手IT事業者各社の間で、ハイブリッドマルチクラウドの覇権を握ろうという競争がかなりあるかと思われます。その中でOpenShiftの強みは何ですか。
可搬性を持って技術を活用していただけるのが、圧倒的な強みです。ハイパースケーラーも大手SIerもそれぞれ独自の技術を持っていて、それがお客様の特定業務に適切に活用できるシーンはあると思いますが、特定の技術だけを使ったものは、オンプレミスに出せなかったり、クラウド間を行ったり来たりできないという制限が出てきます。そこにOpenShiftを入れることで解決できます。各クラウド事業者はクラウドにOpenShiftを乗せて、一緒に推奨してくれています。そういう意味では競合とは思っていないです。
──クラウド事業者から見たら、オンプレミスなどに移られてしまうリスクがあるのに、可搬性のあるOpenShiftを推奨する理由はどこにあるのでしょうか。
OpenShiftを乗せておくと、出ていかれるリスクはもちろんあるのですが、逆に外の環境から自分のところにも乗せられる。今後、多くの顧客が共通基盤の採用に動くとすれば、OpenShiftをサポートすることで将来的に自社のクラウド使用率を上げられるとみてくれます。自社だけで顧客を増やすよりも、世の中の共通技術になるものを乗せておいたほうが有利という考え方です。
お客様も最近は、どこか特定のベンダーの技術にロックインされたくないと考えています。1社だけだと、成長性や拡大性のリスク、技術の偏りが出てくるので、マルチベンダー、マルチクラウドできちんとバランスを取りたいという声が多いです。
コンテナ化で日本の競争力を高める
──OpenShiftをより広げていくために、どんな活動をしていますか。
デジタルを使ってお客様の業務をどう改革するかにあたって、組織全体への教育などをお手伝いする「Open Innovation Labs」があります。必ずしも当社の製品に結びついた内容ばかりではなく、ITやアプリケーションの開発の仕組みに加え、お客様の環境全体、組織や業績評価の在り方、カルチャーを変えていくといった意味で、全体的にコンサルテーションするサービスです。
元々は「レッドハットがそんなことをしてくれるの?」や「テクノロジーのサブスクリプションを売ってる会社でしょう」と思われていましたが、最終的にお客様に当社の技術を使っていただくには、もっと上流の段階でお手伝いをすることが重要だと思っています。日本は特にそこを評価していただいていて、すごく引き合いがあるので、これからもっと進めたいです。
国内企業は自社の中にエンジニアがあまりおらず、SIerに任せる部分が大きいです。自社にエンジニアがいないと、アジャイル開発するメリットが瞬間的には分かりにくいです。どう業務に役立つのかを理解し、イメージしてもらうために、上流のコンサルティングを進める必要があるし、そういったケイパビリティをSIerにも広げて、一緒に市場を発掘していきたいです。
──販売面ではどういった戦略をお考えですか。
パートナーとのビジネスを重視しています。製品を広げるには私たちの力だけでは足りません。お客様以上に、パートナーの技術者にコンテナ化やアジャイル開発のスキルを持ってほしいと思い、昨年から一部のeラーニングをパートナー向けに無償化しました。自ら学びたいパートナーには、社員が学ぶのと同じ素材を提供して、どんどん勉強していただいています。
また、新しいタイプのパートナーとして、ISVのソリューションにOpenShiftを組み込んでもらうことを考えています。パートナーのソリューションをお客様に使っていただくと、自然と技術が活用されているというモデルで裾野を広げたいです。10~15人規模の企業に当社の技術を使ってもらうには、技術をソリューションでラップしてくれるISVとの協業は重要になってきます。
──特に注力する業界はありますか。また成長目標を教えてください。
大手金融業は、ITを本業の戦略に使っています。ITを制する者が本業を制するという方向で進んでいるので、そこは一層支援していきます。あとは製造業です。エッジも含めて、どうやって開発力を強化していくかという点で、自動車産業をはじめとする製造業は今すごく熱くなってきている感じがあります。
パートナーと一緒にコンテナ化を進める意義は、IT業界のためではなく、国内企業全体の競争力を強めることです。企業がアジャイル開発をできるようになると、本業に人を注ぎ込めるようになり、それが競争力を強めることにつながります。ITトランスフォーメーションの遅れは、日本の深刻な国力低下につながってしまいます。そこはITベンダーとして、加速しないといけないと思います。
エンタープライズ企業の成長を支援するのと同時に、これからは中堅・中小企業にもパートナーと一緒に新しい技術をお届けし、コンテナ化の裾野を広げていきます。 コンテナ化が基幹業務も含めて本格的に浸透するには2年くらいかかると考えています。国内企業の半数を目標にコンテナ化を広げ、2桁成長を目指していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
社長就任以来、三浦氏は赤い服と赤い靴をいくつも新調した。前職がレッドハットの親会社である日本IBMのため「みんなにIBM色が濃くならないか聞かれるし、(自社の)社員からも、心配されていると思う」。「青いジャケットは脱ぎ捨てて、赤を印象付けています」と笑って明かしてくれた。「赤はエネルギーの色だから」と、日々のコーディネートに取り入れて楽しんでいるという。
オープンソースから生まれるイノベーションを強みにしてきたレッドハットのトップとして、「オープンで自由闊達なレッドハットのカルチャーは変わらないし、中立で独立だということを繰り返し語っていく」と話した三浦氏。穏やかな語り口ながら、国内企業のコンテナ化推進が国力の向上に必須だという強い覚悟が感じられた。
プロフィール
三浦美穂
(みうら みほ)
慶応義塾大学文学部卒。1987年日本IBMに入社。2000年、SWGテクニカルセールスマネージャーに就任。23年1月から専務執行役員パートナー・アライアンス&デジタル・セールス事業本部長。同年7月から現職。
会社紹介
【レッドハット】米Red Hat(レッドハット)の日本法人として1999年に設立。オープンソースソフトウェア・ソリューションのプロバイダー。商用版LinuxをはじめとするOSやミドルウェアの販売およびサポートを主力としていたが、近年は運用管理ツール「Ansible」、コンテナ基盤「OpenShift」などで業績を拡大。米国本社は93年に設立し、2018年に米IBMが買収した。