米F5(エフファイブ)は、近年、ハードウェアからソフトウェアへのビジネス変革を図っており、グローバルでは順調に実績を積み上げている。しかし、国内ではロードバランサーのベンダーというイメージが強いことなどがあり、日本法人F5ネットワークスジャパンは、ハードウェア中心のビジネスから脱却できていない。3月に社長に就任した大野欽司氏は、組織改革やパートナーとの関係強化に取り組み「ロードバランサーだけの会社ではないということを認知させることで、ソフトウェアビジネスへの変革を進める」と力を込める。
(取材・文/岩田晃久 写真/大星直輝)
組織をワンチームに
──これまでの経歴と、社長就任の経緯を教えてください。
通信サービス事業者、メーカー系インテグレーター、ネットワークベンダーなど一貫してICT業界でキャリアを積み、営業畑でさまざまな製品を扱ってきました。直近では、米Extreme Networks(エクストリームネットワークス)の日本法人の社長を務めました。エクストリームネットワークスがハードウェアからソフトウェアへビジネス変革を図る時期だったため、その立ち上げを行いました。
現在、F5もハードウェアからソフトウェアへのビジネス変革を進めています。その中で、私のエクストリームネットワークスでの経験が評価されて声がかかり、これまでの自分のやってきたことが生かせると思い、社長就任を引き受けました。
──就任からこれまでの振り返りをお願いします。
さまざまなビジネスを展開していることや、レガシーなビジネスプロセス、考え方が残っているといった面があり、当初、想定していたよりも、会社の現状を把握するのに時間がかかりました。現在は、周囲のサポートもあり、ビジネスの状況や社内外のステークホルダーとの関係、変革のポイントなど、事業戦略を策定する上での必要な情報を集めることができています。
「ロードバランサー=F5」と言わるほど国内市場では、トップベンダーとしての地位を確立しているため、ビジネスは安定していますが、一方で、社員やパートナーに攻めていく姿勢が足りない面もあるのが現状です。会社がハードからソフトに変わろうとしている中で、その変化に耐えられる人や組織をつくっていくのが変革のポイントの一つと言えます。
──具体的にはどう組織を変えていくのですか。
組織がワンチームなることが重要だと考えています。そのため、まずは組織のビジョンやミッションを明確にして、協力しながら共通のゴールに向かっていける状態にしなければなりません。
社員の生産性やモチベーションを上げていくには、健全な組織やしっかりとした企業文化をつくりあげていくことが大切です。そのために、強力なリーダーシップ、コミュニケーションの透明性、フィードバックを言い合えるオープンな環境を重視したチームワークづくりをしていきます。
リーダー向けのトレーニングや、営業担当者を対象にアカウントを深堀りするためのトレーニングなど、社員がスキルアップできる場も提供します。
三つの製品ポートフォリオを展開
──自社の強みはどういった部分になりますか。
F5はアプリケーションを起点に、お客様や時代のニーズに対応できる柔軟なソリューションを提供し続けていることが特徴になります。日本法人の強みはパートナーです。現在のパートナーは200社以上に達しており、強固な信頼関係とパートナーエコシステムを築いています。パートナービジネスでは、高品質なサポートが重要ですが、当社の場合、パートナーからサポート体制を高く評価していただくケースが非常に多いので、サポートも強みとして捉えています。
──製品のポートフォリオについて教えてください。
現在は、三つに分かれています。一つは、「F5 Distributed Cloud Services」で、21年に買収した米Volterra(ボルテラ)のプラットフォームを活用して、アプリケーション配信に必要なセキュリティ機能をSaaSで提供します。お客様はオンプレミス、マルチクラウド、エッジなどいろいろな環境にアプリケーションを展開していますが、それぞれのアプリケーションに対してシンプルに接続できます。機能面では、Webアプリケーション(WAF)機能を拡張し、DDoS防御、ボット管理、APIセキュリティなどを追加した「Web Application and API Protection(WAAP)」を用意しており、今後はWAAPの利用を訴求していきます。
次にWebサーバーソフトウェア「F5 NGINX(エンジンエックス)」があります。クリティカルなアプリケーション開発のために、高度なトラフィック制御やセキュリティ機能などを提供しています。OSS版とより高機能で保守サポートを付けた有償版を展開してきましたが、7月からOSSの利用ユーザーでも低額で保守サポートを受けられる新たなプランを開始しました。お客様の選択肢が増えたことは大きな強みだと思います。
そして、ロードバランサーやセキュリティアプライアンス製品を中心に構成する「F5 BIG-IP」があります。ソフトウェアにビジネス転換していくというと、既存のハードウェアビジネスに注力していかないのではないかという話になりがちですが、そういったことはなく積極的に投資しており、新製品もリリースしています。今後も事業の大きな柱として生き続けていくはずです。
──グローバルでは、ソフトウェアへの転換が進んでいると聞いています。国内はいかがでしょうか。
グローバルの23年度第3四半期(22年10月~23年6月)決算では、ソフトウェアの売り上げが53%となっています。国内の数字は公開していませんが、ソフトウェアの売り上げは2~3割で、徐々に伸びてきています。
ロードバランサー以外の製品も訴求
──国内では、ロードバランサーのユーザーが多く、そのほかの製品の利用は少ない印象があります。
ご指摘の通り、お客様とパートナーは、F5はロードバランサーの会社というイメージを強く持っているのが現状であり、その結果、ロードバランサーしか利用していないというお客様が多いのは事実です。その中で、当社がやろうとしているビジネスがどういったものなのか、ロードバランサー以外にどういった付加価値を提供できるのかを知ってもらう活動をしなければなりません。われわれが直接お話できるお客様に対しては、(お客様の)環境やニーズに合わせ、適材適所で製品ポートフォリオを当てはめていくといったことをしていきます。
パートナーに対しては、ソフトウェアの包括契約ライセンスを提供する「Flex Consumption Program」やクラウドサービスを対象とした「Cloud Licensing Program」など柔軟なライセンスプログラムがあるので、そういった面を訴求していきます。また、MSP(マネージドサービスプロバイダー)、MSSP(マネージドセキュリティサービスプロバイダー)との協業もこれまで以上に拡大させたいと考えています。
ロードバランサーには詳しいが、そのほかの製品については知識が不足しているというパートナーが多くいますので、そういったパートナーに当社のことを100%知ってもらえるようにしっかりと関係を構築していきます。
──重点的にアプローチしていく顧客層はありますか。
SMB(中堅・中小企業)と地方自治体を含めた地方の顧客を開拓していきたいと思っています。既存顧客は、通信事業者や金融、製造といった分野の大手企業が大半で、SMBや地方の開拓はできていませんでした。ソフトウェアへのビジネス変革を図る中では、SaaSが中心となります。SaaS利用を促進し売り上げを高めていくには、圧倒的に数が多いSMB市場を攻めていかなければなりません。当然、われわれだけでアプローチできるわけではありませんので、パートナーとともに取り組んでいきます。
──今後の展望をお願いします。
先ほど述べたようにF5はロードバランサーのイメージが強いため、さまざまな取り組みをしていることを知っていただき、ロードバランサーだけの会社ではないということを認知させたいです。営業面では、3年後のハードウェアとソフトウェアの売り上げ比率を50%ずつにできるようにしたいと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ハードウェアからソフトウェアのビジネス変革は、米Extreme Networks(エクストリームネットワークス)の日本法人の社長を務めた際に経験しており、その難しさを熟知している。
ビジネス変革を成功させるために、「自分がまず一番にやらなければならないのは、組織文化と意識を改革することだ」と述べる。そのため、社員とのコミュニケーションを重要視しており、「特にフェイストゥフェイスで話すのが大切だと考えている。強制ではなく、社員が自主的に出社したくなるような仕組みをつくっていく」という。
そのほかにも、パートナーとの関係強化や新たなマーケティング施策など取り組まなければならないことは多岐にわたり、その一つ一つはすぐに結果が出るものではない。高いハードルが待ち構えているが、自身の経験とノウハウ、そして、社員の力を信じ挑戦を続ける。
プロフィール
大野欽司
(おおの きんじ)
1992年、日本国際通信(現ソフトバンク)に入社、カナダNewbridge Networks(ニューブリッジネットワークス、現フィンランドNokia(ノキア))の日本法人、米MCI WorldCom(エムシーアイワールドコム、現米Verizon(ベライゾン))の日本法人、データクラフトジャパン(現NTTグループ)、米Brocade Communications Systems(ブロケードコミュニケーションシステムズ)の日本法人などを経て、2017年に米Extreme Networks(エクストリームネットワークス)の日本法人に入社。執行役員社長、アジア地域サービスプロバイダー担当バイスプレジデントなどを歴任。23年3月から現職。
会社紹介
【F5ネットワークスジャパン】米F5(エフファイブ)の日本法人として2000年1月に設立。ロードバランサーやセキュリティ製品、アプリケーション基盤の提供などを行う。東京都と大阪府にオフィスを設立している。従業員数は152人(2023年3月時点)。