BeeX(ビーエックス)はSAPを中心とした基幹業務システム(ERP)のクラウド移行を軸にビジネスを伸ばしている。2016年の創業時から増収を続け、今年2月24日には東京証券取引所マザーズ市場に上場を果たした。クラウド移行を早々に予測し、この領域に経営リソースを集中させることでユーザー企業の需要を掴んでいる。ITインフラ領域を巡っては、昨年9月に米IBMがITインフラの運用、構築を担う事業部門をキンドリルとして分社化。同10月にはデジタル庁が中央省庁などで使うクラウド基盤に「Amazon Web Services(AWS)」と「Google Cloud Platform(GCP)」を選定している。大きな変化を遂げるITインフラ領域で、どうビジネスを伸ばしていくのか。広木太社長に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
基幹のクラウド移行が本格化
――2016年3月の創業以来ずっと増収を続けており、売上高の年平均成長率は84.3%に達するとのこと。増収の追い風は何でしょうか。
ユーザー企業がITインフラを自社で所有するオンプレミス型からメガクラウドにERPを移行させる需要が根強くあり、これが当社業績を押し上げる要因になっています。実際、国内市場全体でERPをクラウドで稼働させるプロジェクトのここ数年の売上高は年率20%前後で成長しています。
当社は、主にSAPのERPをクラウド環境に移行し、運用する領域でのビジネスを主軸にしており、AWSをはじめとする主要メガクラウド、およびその上で稼働するOSやデータベース、SAPのERPを動かすために必要なミドルウェア、データ分析までを支援しています。一方で、SAPのアプリケーション層の設計や開発については大手SIerなどのビジネスパートナーと連携するというビジネスモデルです。
――それで資本業務提携先にNTTデータやTISといった大手SIerの名があり、協業関係にあるわけですね。
そうです。当社は従業員数120人ほどの所帯です。何万人もの社員を抱える大手SIerと競合しても得るものはありませんので、強みであるクラウドベースのITインフラの領域に特化してビジネスを伸ばしていく戦略です。
――ITインフラ領域に特化する戦略といえば、昨年9月に米IBMがITインフラの保守、構築の事業部門を分社化してキンドリルを立ち上げた動きと似ている印象です。
事業環境の変化に適応する動きだと思います。他社の分析をするつもりはありませんが、一般論としてERPを稼働させるIT基盤がメガクラウド中心に変わってきたことは、業界全体の大きな動きの一つではないでしょうか。昨年10月にはデジタル庁が中央省庁などで使うクラウド基盤としてAWSとGCPを選定しています。つまり、少なくともIT基盤の領域でユーザー企業の需要に応えていくには、最低でもAWSとマイクロソフトのAzure、GCPの3大クラウドを対象としたサービス体系にしていかなければならない時期に来ていると捉えています。
SAP界隈で“知る人ぞ知る”存在に
――起業から6年目に株式上場まで到達したわけですが、最初、どのような経緯でBeeXを立ち上げることになったのですか。
起業に至るまでの前提として、私のキャリアを簡単にお話しします。1991年に新卒で日本ユニシスに入社して、ITインフラの保守業務に従事しました。今では保守サービス子会社のユニアデックスが担当している分野で、私にとってはITインフラとの最初の接点でした。その後、コンパック・コンピューターがWindows OSを搭載したPCサーバーでSAPを稼働させるプロジェクトを立ち上げるという話を聞き、「これはおもしろそうだ」と思って97年に転職しました。
90年代の基幹システムは高価なメインフレームやUNIXサーバーで運用するのが当たり前の世界でしたが、コンパックは安価なPCサーバーで置き換えようとしていたのです。私は、ITインフラビジネスの潮目が変わると直感しました。転職先のコンパックでPCサーバーとSAPを組み合わせた提案に力を入れたことで、SAP界隈では“知る人ぞ知る”存在になれたのだと思います。なんといっても基幹業務をPCサーバーで稼働させるなんて、当時は正気の沙汰ではないほどの強烈なインパクトがありましたらね。
――確かに90年代後半から2000年代にかけてメインフレームやUNIXサーバーの上で稼働していた基幹システムが続々とPCサーバーへ移りました。ITインフラの世代交代は定期的に起こると仮定すれば、今はまさにオンプレミスからクラウドへの世代交代が進行していると。
テラスカイの佐藤さん(佐藤秀哉社長)やサーバーワークスの大石さん(大石良社長)と知り合い、「基幹システムのクラウド移行を支援する会社を立ち上げてみないか」と、声をかけてもらえたのは、かつてコンパックで基幹システムのITインフラの世代交代を先頭に立って推進してきたこともあったと思います。私自身も16年にBeeXを立ち上げるタイミングで、基幹システムのクラウド移行は確実に起こると手応えを感じていましたので、テラスカイの子会社としてBeeXの立ち上げに参画しました。
――その読みが的中したことで株式上場できるまで急成長できたわけですね。
メガクラウドの活用は、10年代から主に情報系の領域で進みました。今や多くのSaaSベンダーのIT基盤としてAWSなどのメガクラウドが活用されています。ただ、SAPが担っているようなERPが本格的にクラウドベースへと移行し始めたのは10年代の後半、あるいは20年代に入ってからです。当社はその波に乗ることで成長できました。
内製化の力が圧倒的に足りない
――ITインフラがクラウドに変わると、どういった変化が起こるのでしょうか。
クラウド移行は、ITインフラを自前で持つより手間がかからないとか、クラウドサービスそのものの成熟度が上がってきたとか、いろいろ要因はありますが、本質はデジタルトランスフォーメーション(DX)にあると見ています。DXは、ユーザー企業のビジネスを最先端のデジタル技術で変革することであり、これを実行するにはユーザー企業自身がデジタルを使いこなし、試行錯誤を繰り返しながらビジネスを新しい時代に合うよう転換していかなければなりません。
クラウドは使いたいときに使いたいだけITリソースを使えて、非常に自由度が高いのが特徴です。新しいビジネスに求められるアプリ開発の試行錯誤にはもってこいの環境です。基幹システムがクラウド上にあれば、すでにクラウド移行を済ませている情報系や外部SaaSとの連携のハードルも下がり、新しいビジネスの立ち上げに伴うアプリ開発の柔軟性や俊敏性が飛躍的に高まります。
――課題があるとすれば、どのようなところでしょうか。
DXは第三者から提供されるものではなく、ユーザー企業自らが実践し、獲得していく性格のものです。DXに向けて先進的なデジタル技術をユーザー企業が使いこなすには、従来のようにITに関する事柄をITベンダーに丸投げしていていては駄目で、ユーザー自身でITの知見を習得し、開発や運用の内製化を進めていく必要があります。しかし、IT先進国の米国の企業に比べて、日本企業は内製化の力が圧倒的に不足しているのは否めませんし、ここが課題です。
――では、ユーザー自身がDXを推し進める力が不足している課題をどう解決しますか。
一足飛びに内製化比率を高めることは困難です。比較対象として挙げた米国とは雇用慣習も違いますしね。従って、国内ではユーザー企業とITベンダーがお互いを補完し合うような“共創”の関係をつくることが不可欠です。例えば、開発と運用を一体化してアプリの開発効率を高めるDevOpsの手法を実践する際、ユーザー企業は運用部分の知見やノウハウも身につける必要がありますが、夜間まで担当者を張りつかせるのは逆に効率が悪くなりますので、当社のようなITベンダーに任せるのもよいでしょう。
ユーザー企業とITベンダーの共創は、決してお題目だけのきれいごとではなく、日本の企業がDXを成し遂げ、国際的な競争力を高めるために越えなければならない大きなハードルです。当社は基幹システムのクラウド移行の領域でユーザー企業との共創関係を構築し、ユーザー企業とともにハードルを乗り越えていく構えです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
1990年代、NECの牙城だった国内PC市場をIBM互換機で切り崩した“コンパック・ショック”が起きた。間髪を入れずに基幹システムのITインフラを安価なPCサーバーで置き換える動きが加速。ITインフラの世代交代を目の当たりにしたことが、広木社長の価値観やキャリア形成に大きな影響を与えた。
当時、高価なメインフレームやUNIX機で稼働していた基幹システムをPCサーバーに移行することで得られる最大のメリットはコスト削減だった。だが、AWSをはじめとするメガクラウド環境へ移行する動きが加速することで得られる最大のメリットは、「かつてのようなコスト削減ではなく、新しい価値の創造」だとみている。
クラウド移行によってシステムの柔軟性が高まり、先進的なデジタル技術を活用した新規ビジネスの創出に弾みがつく。BeeXはユーザー企業の価値創出に重点を置いた支援に力を入れていく。
プロフィール
広木 太
(ひろき まさる)
1971年、茨城県生まれ。91年、茨城工業高等専門学校卒業。同年、日本ユニシス入社。97年、コンパック・コンピューター(現日本ヒューレット・パッカード)入社。2003年、デル(現デル・テクノロジーズ)入社。08年、ザカティー・コンサルティング(現クニエ)入社。15年、NTTデータグローバルソリューションズ入社。16年、BeeX設立。取締役副社長。17年、代表取締役社長就任。
会社紹介
【BeeX(ビーエックス)】SAPを中心としたERPのクラウド移行支援を手がける。2022年2月期の売上高は前年度比4.4%増の42億円、営業利益は同38.5%減の2億円の見込み。従業員数は約120人。Salesforce関連ビジネスを手がけるテラスカイの連結子会社。