「サイバーフィジカルシステム(CPS)テクノロジー企業になる」を合言葉に、グループを挙げて自らのデジタルトランスフォーメーション(DX)を進める東芝グループ。そのキーマンが、東芝本体の最高デジタル責任者(CDO)であり、昨年3月からは東芝デジタルソリューションズ(TDSL)の社長も兼務している島田太郎氏だ。生え抜きではなく、独シーメンスなどでキャリアを積んだ。グローバルな市場で戦ってきた同氏ならではの視点で東芝グループの強みを生かし、世界のデファクトスタンダードを「本気で握ろうとしている」という。
まずは東芝を
儲かる会社にする必要がある
――シーメンスから東芝に移籍し、デジタル戦略の責任者になるというのは、なかなか珍しいキャリアですよね。
確かに東芝でも前代未聞の人事で、どんなおかしなやつが来るんだろうかと皆さん心配されたに違いないですね(笑)。
――入社の経緯を改めて聞かせてください。
現在東芝の社長を務めている車谷(暢昭)さんから声をかけてもらったんです。シーメンス時代、ドイツに住んでいて、インダストリー4.0の動きが出てきました。その後、日本に帰ってきてシーメンス日本法人の専務を務めましたが、経済界のさまざまな会合などで、ドイツはこんなことをやっている、日本はこのままではマズイとあちこちで話していたら、誰かが車谷さんに「東芝に一緒に連れていくのにいいんじゃないか(車谷氏は三井住友銀行副頭取を務め、英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズを経て2018年に東芝会長CEOに就任。現在は社長CEO)」と言ったみたいで。新橋でラーメンを食べて、1時間半くらい話して、「なるほど、で、島田君いつから来てくれるの」と言われて今に至ります。
――島田さんにとって東芝でのチャレンジは何が魅力だったのでしょうか。
そもそも東芝に入社しようと思ったのは、日本のエネルギーシステムの中核を担う企業だからです。日本にとって電力というのはアキレス腱であり、安全保障上も重要な課題です。もう新しい原子力発電所はつくれないかもしれないけれども、無事に収束させる技術は東芝しか持っていないし、日本のグリッド(送配電システム)の80%は東芝が供給したものです。再生可能エネルギーを拡大していくためにはスマートグリッド化が非常に重要で、ここでも東芝が中核を担うことになる。日本が海外の資源に頼らなくても生きていけるようにするために、東芝の屋台骨であるエネルギー関連の事業を安心できる形にしたいというのが、長期的には最優先の目標です。
――ただ、現在島田さんがけん引されている事業は、新しいデータ流通やIoTのプラットフォームビジネスという印象です。昨年2月にはデータビジネスのための新会社として東芝データを設立してCEOにも就任されました。電力とは少し距離がある気もします。
その目標を実現するには、まず東芝を儲かる会社にしなければならないんですね。そのために何をやるかと考えた場合に、データを使ったビジネスというのは、アセットがライトで始めやすい。そして、入社前からこれは「必ずいける」と思っていたデータを東芝は握っていたんです。それがPOSです。東芝テックはPOS端末で世界トップのシェアを持っています。
東芝の中にもPOSなんてと思っていた人もいたと思うんですけど、購買データの手前にあるインフラの価値というのはとんでもないですよ。アリババの創業者であるジャック・マーがオイルだと表現したのも、基本的には購買情報のことです。これこそが「the Data」です。このデータを活用する手段を見つけることができれば負けない。購買データをビジネスに必要ないと言う人はいないでしょう。
――そうしたデータを流通させて儲ける基盤をつくるのが、東芝データということですね。
ただし、発想の転換が必要になります。データは店舗のもので、東芝のものじゃないというハードルが最初にあるわけです。でも、本当にそうでしょうか。購買データは本来、店舗のものでもなくて、消費者個人のものでしょう。企業はデータに価値があると言って、みんなこれを独占しようとしている。それは間違いじゃないかと思うんです。消費者個人が自分のデータの使われ方を管理できる、人中心のデータ流通の仕組みがあれば、それをさまざまな企業や組織が共有して社会を発展させていくべきです。
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