デジタルトランスフォーメーション(DX)は、IT業界におけるバズワードの域を超え、国も日本社会全体を浮上させるために重点的に取り組むべきテーマとして捉えるようになった。その象徴が、経済産業省が昨年9月に発表し、「2025年の崖」問題などを指摘して話題となった「DXレポート」だ。IT市場に氾濫している言葉であるが故に、DXという言葉には誤解も付きまとう。果たして、DXを成功に導くために必要な取り組みとは何なのか。DXレポート作成の中心人物ともいえる名古屋大学大学院情報学研究科の山本修一郎教授に話を聞いた。
プロジェクトが失敗する理由は一つだけ
――まずは、山本先生の現在の研究テーマからお聞かせいただけますか。
もともと要求工学、つまりは要件定義の研究をやっていて、これがメインの研究テーマですね。ただ、頼まれると引き受けてしまう性格なもので(笑)、その周辺にもだんだんと領域を広げてきていて、システムの高信頼化(ディペンダビリティ)の研究や、ITILを活用した運用の評価指標をつくったり、プロジェクトマネジメント(PM)についても研究していますね。PM学会の中部支部長を務めています。
――SIerなどはPM強化の動きを長年継続しているイメージです。
失敗プロジェクトがそれだけ多いということですよ。でも、突き詰めるとプロジェクトが失敗する理由はたった一つなんです。そのプロジェクトを実行するだけの十分な能力のない人たちが携わっているから失敗するんです。
――具体的にはどんな能力が欠けている場合が多いんでしょうか。
いろいろあるんですが、例えば、パッケージソフトの導入がなぜ失敗するかという理由を解説したレポートがSAPから出ています。パッケージのことをよく知らない営業が売り込んで、エンジニアも中途半端にしか製品を理解していないとか。分からない人がやっているんだから失敗しますよね。そしてこれは日本のベンダーだけの課題ではない。某外資系大手ベンダーが静岡県の銀行と裁判沙汰になったのも同じ構図です。一方で、ユーザー企業側にも、自分たちがどんな能力をどれだけ持っているかをきちんと計る基準が必要なんですが……。
そういう意味ではDXも同じで、まずDXに貢献できる能力を持った人材が必要です。ただ、私はDXを「デジタル・エンタープライズになること」と定義しているのですが、そもそも目指すべきデジタル・エンタープライズの姿が定義できていなければ、そのために必要な能力も評価できない。まずその根本を考える姿勢がIT業界を含めて日本の企業は弱いですよね。ビジョンに沿って合理的に判断するのではなく、とにかく「頑張っている感」が出ているプロセスを重視する傾向がある。この文化が変わらない限り、DXの実現は危ういとも思っています。
中小企業は負の遺産が少ない
――経産省のDXレポートでは「2025年の崖」として、レガシーシステムが刷新されなければそれがDXの阻害要因となり、2025年以降、日本に大きな経済損失をもたらすと指摘しています。25年を迎える前に日本企業は文化を変えることはできるのでしょうか。
グローバル企業は海外部隊もいるので、そのへんは合理的に判断しています。日本企業であっても、グローバル企業であればDXが成功する可能性は高いと思います。
――ドメスティックなビジネスが中心の中小企業などは先がないということでしょうか。
DXレポートやその後に出たDX推進ガイドライン、DX推進指標などもそうですが、経産省のDXに向けた研究会での議論は、今のところ大ユーザー企業のレガシーシステムしか見ていないというのが実情です。大ユーザー企業はレガシーシステムを処分しないことには次がないからです。しかし、中小企業はそういう負の遺産がないから、選択できる道は多いのです。
――具体的には、中小企業がDXを進めるためにはどんなIT活用が有効になるのでしょうか。
DXを支援するためのパッケージ製品やプラットフォームがこれからどんどん増えてくるでしょう。AIを全然知らないエンジニアがAIアプリケーションをつくれるようなプラットフォームが実際に出てきたりしています。また、業種業態特化型でビジネスモデルそのものの変革に直結するような新しいソリューションも出てきている。こういうものをどんどん活用したらいいと思います。
ここは日本のITベンチャーが世界的にも頑張っているところで、既存のITベンダーやユーザー企業を巻き込んだオープンイノベーションが有効な領域でもあります。
――そう簡単にいくでしょうか。
課題としては、DXの基盤となるようなシステムを導入・運用していく時に、そこに携わるエンジニアにはAIを知らなくてもAIアプリケーションはつくれる環境があると先ほど申し上げました。でも、ビジネスのことをある程度理解していないと役割は果たせないということです。
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