上位進出は十分いける
──台湾の大手ITベンダーのなかでも、ライバルのエイサーと並んで自社ブランドビジネスで最も成功している1社です。どのようなブランド戦略をお持ちなのでしょうか。
沈 ブランド事業のビジネスモデルで、わかりやすく言えば、米アップルに似ています。アップルのブランドが米国を中心に幅広い支持を得ており、ソニーは日本をはじめ認知度が高い。アスースブランドの狙いは、当初からグローバルで通用するブランドを想定していますので、やはり狙いは世界で通用するブランドづくりです。
──アスースブランドに、どのようなイメージを投影していますか。
沈 そうですね。ネットブックや携帯電話などモバイル系の製品については、若い人を意識しています。とくに、ネットブックは「簡単」で「迅速」、「活力ある」といった感じでしょうか。ただし、フルスペックのノートパソコンについては、カバーしている年齢層が幅広いので、あまりターゲットを絞り込みすぎないようにする必要がありますね。
──製造スタイルでみれば、アップルは水平分業型で、ソニーは垂直統合型に近いと言われています。御社はどういった製造スタイルなのですか。
沈 台湾のIT業界の多くは、「日本の品質を学び、中国の生産力とコスト競争力、台湾のスピード経営」の三つをよく生かしています。当社でも、日本の大手電機メーカー向けのOEMで培った高品質の追求姿勢、中国の生産ラインを背景とした国際的な競争力の向上、スピード経営で業界をリードしてきました。ネットブックに代表されるような、新しいカテゴリーの製品を世界に先駆けて投入するなど、市場動向を素早く製品づくりに反映する敏捷性を重視して、米国型でも日本型でもない、新しい製造スタイルを築いていく方針です。
──ライバルのエイサーも、当然トップグループ入りを狙ってくると思いますが、どのような対策をお考えですか。
沈 ライバルについては、何も言えません。当然、向こうも当社の似たような台湾型のIT製造業のスタイルですし、量産効果による規模のメリットを前面に出してくるでしょう。ここで差を出そうとすれば、大きなイノベーションを起こす以外にはありません。
──当面の経営目標は?
沈 2011年末までにパソコンメーカーでグローバル上位3位に食い込むことです。米ヒューレット・パッカード(HP)や米デルなど強力なライバルがひしめくパソコン業界ですが、グローバルブランドを確立させるためにも、上位シェアを獲らなければなりません。例えば、日本ではネットブックでトップクラスのシェアを獲りましたし、世界でも着実にシェアを獲りつつあります。それに、中国や東欧、南米などは、まだまだこれからパソコン需要が見込める。こうした巨大市場が控えていることを考えれば、上位への進出は十分いけます。
──ずいぶん高い目標に思えますが、その先の展望はどうでしょうか。
沈 実は、当社ではもっと高い目標をもっています。自動車や家電などを含めた全産業でのブランド力で、5年後には上位5位に入るというものです。チャレンジングな目標設定ではありますが、自社のブランド力の向上を重視しているという現れでもあります。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ビジネスで困難に直面しても、「ポジティブな思考を捨てない」と自負する粘り強い経営者だ。根気強く問題の原因を追求し、対策を講じる。いかにもエンジニア出身らしい解決アプローチだ。
会長の施崇棠氏からは、「人間的な五感を養うことと、新たな価値をつくりだすイノベーションを起こせ」と、常々言われてきた。課題解決に汲々とするだけでなく、五感を働かせ、価値を創造することが「アスースの基本的な精神」だという。
「どうしても解決できないときは、一歩下がって全体を見渡し、別の方法を探す」。こうしたとき、最も必要となるのが、新たなイノベーションを模索する力量である。あきらめないポジティブさが、アスースをここまで成長させた原動力だろう。グローバルトップを狙うパソコンメーカーとしては、これからが本当の勝負。第二、第三のネットブック級のヒットがほしいところだ。(寶)
プロフィール
ジェリー・シェン
(ジェリー シェン)1960年10月、台湾生まれ。台湾大学で電機工学専攻。87年、同大修士修了。コンピュータメーカーなどを経て94年、台湾アスーステックコンピュータに入社。パソコン用マザーボード市場の成長が鈍るなか、アスース製マザーボードのシェア拡大に貢献。04年にはグラフィックカード製品群の売上高を2倍に増やす。06年末からネットブックの開発を指揮。現在のネットブックの大ヒットをリードしてきた。
会社紹介
台湾の大手パソコンメーカー。2008年度(08年12月期)の連結売上高は、6676億台湾元(約2兆円)。電機メーカーなどへのOEM供給と自社ブランド製品の両方を手がける。自社製品のラインアップは、ノートパソコンやネットブック、モバイル機器、マザーボード、グラフィックカードなどのパソコン関連製品を幅広く展開する。近年では“5万円パソコン”と呼ばれるネットブックが大ヒット。アスースのブランドイメージを大幅に高めた。