京セラコミュニケーションシステム(KCCS)は、強みのモバイルやデータセンター(DC)をテコに事業拡大を進める。モバイルネットワークの多様化やオープン化の進展は、企業の情報システムに大きな変革をもたらす。次世代のモバイルインターネット技術を生かした商材をより多く揃えることで、顧客企業の経営やビジネスに役立つシステムづくりに努める。他のSIerにはない特色あるシステムやネットワークの構築、通信エンジニアリング技術を武器にビジネスを伸ばす。
安藤章司●取材/文 ミワタダシ●写真
モバイルのノウハウ前面に オンデマンドサービス開始
──原油価格上昇に端を発した原材料高で景気の後退が懸念されるなか、米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻というショッキングな出来事も発生しました。こうした悪材料が出揃った経済環境下で、情報サービス産業の先行きをどう見ますか。
小林 マーケット全体で見て、不要不急のIT投資を見直す空気が強まっているのは肌で感じています。本来なら必要だけれども、投資するタイミングを少し先に伸ばす動きが、今年になって目立ち始めているのは事実。当社においても、成長戦略にもとづく業績目標に向けての進捗率が鈍り始めていないか、再度、点検しているところです。ただ、こういう事業環境だからこそ、儲かる仕組みをしっかりつくらければならない。収益性の高い事業構造にすることが、不況に強い企業の大原則だと考えています。
──具体的にはどういう施策を打っているのですか。
小林 直近では、データセンター(DC)への投資を手厚くしています。昨年までに京都の主力DCのインフラ設備を刷新。東京に2か所目となるDCを開設し、東京と京都で相互にバックアップする体制を増強しました。最新のブレードサーバーをベースとした仮想化システムへの対応も進めており、モバイルやインターネットのフロントエンド部分に強いDCとして高い評価をいただいています。
──DCを活用した携帯電話向けのモバイルコンテンツの配信や課金システムの運用が強みということですね。
小林 ええ、モバイル関連は当社の強みの一つです。もちろん、企業の基幹業務システムも多数、当社のDCで運用していますが、オールラウンドで〝なんでもできます〟では、並み居るコンピュータメーカーや大手SIerを向こうに回して物量では勝てない。当社の直近の年商は884億円ですが、やはり超大手と正面からぶつかるにはまだ弱い。
そこで、KCCSならではの強みであるモバイルやインターネットのノウハウを前面に出して差別化を図ります。親会社の京セラは、携帯電話などモバイル機器の開発を得意としていますし、KDDIやウィルコムなど有力なモバイル系通信キャリアとも密な仕事をさせていただいていますから。
──携帯電話などのモバイルはすでに成熟市場になっていて、シェア競争が激しい。収益的には厳しくないですか。
小林 確かにモバイルコンテンツ系は、需要の変動が極めて大きく、DCのリソース配分の予測が難しい。このため業界に先駆けて必要なときに必要なだけコンピュータやネットワークのリソースを提供するオンデマンド型の技術開発に取り組んできました。この技術を応用したサービスとして、10月からサーバーとストレージのリソースをオンデマンドで貸し出す新しいサービスも始めます。仮想化技術も活用して、顧客が必要とするだけのサーバーやストレージのリソースを1か月単位で貸し出すもので、企業向けのオンデマンドアプリケーションサービスなどへ発展させていきます。
──モバイルで培った技術を切り口に、他のSIerが手薄な領域を攻める、と。
小林 モバイルに特化するのではなく、モバイルで培ったノウハウや技術を生かした展開をさらに加速させます。例えば、安価なブロードバンドインターネットが普及したことにより、企業が使う業務システムは大きな変化を遂げています。インターネットはオープンな技術ですので、業務システムもまたオープン化が進みます。近年盛り上がりを見せるSaaSも、インターネットなしではあり得ないソフトウェアの新しい形です。
この流れは、そのままモバイルインターネットにも当てはまります。モバイルインターネットがブロードバンド化し、モバイル機器の在り方も変わる。これまで比較的はっきり分かれていたパソコンと携帯電話の境目が曖昧になりつつあるなど、その兆候はもう現れています。恐らく数年後には、ノートパソコンでもなく、携帯電話でもない別のジャンルのモバイル機器が企業で活用されていることも十分にあり得る。国内の携帯電話市場に新風を吹き込んだiPhoneも、その変化の一端に過ぎないと捉えています。
情報システムに大きな変化 強みをより伸ばす必要あり
──なるほど、WiMAXなどブロードバンド型のモバイル通信インフラの普及や、MVNO(仮想移動体通信事業者)の台頭などによって、企業の情報システムにも少なからぬ変化が起こる、と見ているわけですね。
小林 そこが狙い目です。当社はモバイルに強く、企業の基幹業務システムのアウトソーシングの実績も多い。業務システムやネットワークの構築はもとより、携帯電話など移動体無線基地局を建設する通信エンジニアリング事業も手がけています。オンデマンドサービスなど最新の業務システムから無線基地局の設計・施工に至るまでカバーしているSIerも、他ではそうそうありません。
さらに、経営コンサルティング部門を2006年に分社化しており、企業経営の最上流から保守・運用までワンストップでサービス提供する体制を整えています。
──コンシューマ市場では、モバイル向けのアプリケーションやコンテンツが急増し、ワンセグ放送などとの融合も進む。早晩、企業でも同様のムーブメントが起こる。大きなビジネスの可能性を感じます。
小林 モバイル分野のオープン化はもっと進むでしょうし、DCを活用したオンデマンドサービスの需要はさらに拡大します。社内には「DC事業はここ数年で2倍に伸ばせ」とハッパをかけています。業務システムとネットワーク、モバイルを融合した商材もさらに増やし、来年度(2010年3月期)には年商1000億円を目標に据える。十分射程圏内にあると手応えを感じています。
──課題は何ですか。
小林 当社は86年に京セラの社内ベンチャーとして立ち上がり、95年に独立したSIerのなかでは比較的若い会社です。当初は無線通信に使う鉄塔を立てることすらままならないベンチャーでしたが、顧客企業の支援のおかげで、ここまで成長してきました。しかし、当社がこれまで培ってきた技術やノウハウはまだビジネスに十分生かし切れていない。強みをより伸ばす必要があります。
──SI業界は大手集約が進み、グローバル進出も活発化しています。京セラはグローバル展開するメーカーですし、通信キャリアの海外進出も可能性として考えられます。
小林 確かに日本の製造業やモバイル関連産業は世界に誇る技術やサービスを持っています。気構えとしてはこうした顧客のグローバル進出をITの側面で積極的に支えていきたい。ただ、実際問題として、じゃあ何年後に海外売り上げ比率をここまで拡大するという明確な数字をお答えできる段階ではない。海外でのビジネスパートナーづくりやM&Aも視野に入れなければなりません。
親会社の京セラグループ向けの当社の売上高構成比は10%程度で、中国など海外の製造拠点のITシステムも支えています。今後は日系製造業やモバイル関連でグループ以外の顧客を開拓するなどして、段階的にグローバル展開の布石を打っていきます。
製造業を母体とし、SIにもNIにも、モバイルにも強い当社のポジションは、決して悪くない。伸びる余地は大きいと踏んでいます。
My favorite 革製の靴べらと小銭入れ。社長就任のお祝いにと、夫人が買い揃えてくれたものだ。革の温かみが感じられるグッズで、いつも身につけている
眼光紙背 ~取材を終えて~
景気には波がある――。仮に今は下降線をたどっているとしても、何年後かのタイミングで再び回復する。「目の前の景気動向にじたばたしても仕方ない。今のうちに伸びる要素をしっかり仕込んでおくことが大切」と、小林社長は考える。
京セラグループでは、各部門・組織のリーダーが中心となって事業計画を立案。メンバー全員が知恵と労力を出し合うことで目標を達成する“アメーバ経営”を実践している。現場の社員一人ひとりが主役となり、自主的に経営に参加する“全員参加”型の経営である。
「当社でもこの経営方針を採り入れており、経営とは何か、顧客企業の経営者は今、何を求めているかを擬似的に体験している」。顧客の経営に踏み込んだ商品・サービスをつくりだすことで、魅力ある提案を行う。景気に陰りがみられるからこそ質の良い商材を増やし、着実に利益を積み上げる。(寶)
プロフィール
小林 元夫
(こばやし もとお)1950年、長野県生まれ。78年、神戸大学経営学部卒業。同年、京セラ入社。91年、京セラヨーロッパ(ドイツ)に出向。96年、ドイツから帰任し、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)に出向。仕入れ商品事業部長。00年、IT商品統括事業本部長。同年、京セラコミュニケーションシステムに転籍。02年、取締役。03年、取締役ITプラットフォーム事業本部長。05年、常務取締役CS営業本部長。06年、常務取締役ICT事業統括本部長。同年、代表取締役専務。08年4月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
モバイルネットワークに強いSIer。昨年度(2008年3月期)の連結売上高は前年度比5.4%増の884億円、経常利益は同86.5%増の82億9600万円。売上高構成比は、システムやネットワーク構築などICTが60.6%、携帯電話など移動体無線基地局などを建設する通信エンジニアリングが36.2%、経営コンサルティングサービスが2.5%。ICTの売上高の内訳は、システムとネットワーク構築関連で200億円弱、データセンター運営関連で約100億円、電話料金などの代行請求サービス関連が約250億円などが占める。グループ社員数は約2200人。モバイル技術を生かしたシステム・ネットワーク構築などで差別化を進めることで、2010年3月期には連結売上高1000億円の達成を目指す。