情報サービス産業が曲がり角に来ている。ハードウェアの低価格化がメーカーの足を引っ張っているのと同様に、システムユーザーからの単価引き下げ要求で、システムインテグレータ(SI)の多くが利益率悪化に頭を痛めている。5月30日付で情報サービス産業協会(JISA)の会長に就任した棚橋康郎・新日鉄ソリューションズ会長は、「e-Japan戦略のような国家プロジェクトでも、その担い手としてJISAは認められていない」という情報サービス産業の存亡に強い危機感を持つ。一方、業界内では下請け構造の問題など対処すべき課題も山積。「JISAを仲良しクラブにするつもりはない」と宣言している。
報告書で「実態を設立主旨に戻す」提言 委員会活動も絞り、8月から本格的に始動
──当初は情報サービス産業協会(JISA)の会長就任を強く固辞されたそうですね。棚橋会長が委員長となってまとめられた「新たなJISAの役割と使命について」という報告書も、“卒業論文”のつもりで書かれたとか。
棚橋 私は新日鉄から移ってから、この業界での経験は5年程度しかありません。情報サービス産業としては50年の歴史があり、長い経験を持った経営者の方もおられます。そうした方々とは、情報サービス産業での経験も見識も大きな開きがあり、そのため会長就任をお断りしてきたのです。
JISA会長就任と、JISAの役割と使命に関する委員会の活動が関係しているとは思いませんが、私も佐藤雄二朗前会長(アルゴ21取締役最高顧問)の下でJISA副会長を4年務め、私なりに考えてきたことを残しておきたいということで委員長を引き受けました。JISA会員会社の代表や有識者に集まってもらい、私の考えをぶつけてみましたが、ほぼ皆さんそれを受け入れていただきました。問題点も方向性もほぼ一致したので報告書にまとめ、それを置き土産に新日鉄ソリューションズの会長職に専念するつもりでした。JISAだけではありません。日本経済団体連合会の情報化部会長も長い間務めてきたので、これを機にそれも降り、インターネットイニシアティブ(IIJ)と村田製作所の社外取締役を引き受けることにして、ちょうど良いバランスだと考えていたのですが、思わぬ展開になったと思っています。
──業界団体としてこれまでの活動ではダメ、日本の経済社会の発展のために政策提言などの活動で認知されなければならない、とした報告書「新たなJISAの役割と使命」については業界の内外で様々な反響があったようです。
棚橋 JISAの会員企業には情報システムの元請けもあれば、その下請け企業もあります。また、ユーザー企業の情報システム部が独立してできた企業もあり、一口にJISA会員といっても様々な業態の企業の集まりです。業界で検討するテーマといっても、例えば健全な受発注などを検討する場合には、その業態の違いを際立たせる結果となるだけで、表立っての議論ができないような雰囲気がありました。
JISAの役割と使命に関する委員会の委員長を引き受けた時、もう1度JISAの設立主旨を読み返してみました。しかし残念ながら、あまりにも実態と主旨がかけ離れていると言わざるを得なかった。ですから報告書では、その実態を設立主旨に戻そうと言ったに過ぎないのです。情報サービス産業は、重要な社会、経済活動のインフラである情報システムを担う業界です。それなのに、政府のe─Japan戦略構築にはほとんど加わっていない。e─Japanの実現を担うのは情報サービス産業であるという重要なポイントが忘れられている。その理由には、これまでJISAとして大きな政策提言をしてこなかった、業界として認知されていないということがあるわけです。そのために私自身を含めて、e─Japan戦略という大きな国家プロジェクトで、意見を問うほどの見識を持った人材がいないと思われていたということでしょう。そういうことが大きな問題なのです。
──JISAの活動については、6人の副会長を各委員会のトップに据えるなど、早くも責任分担を明確にしています。
棚橋 JISAの活動は、単に情報収集して会員にそれを提供していくことが使命ではありません。個別企業では解決ができないような問題に焦点を絞っていこうと考えています。このため委員会の数も絞り込みました。今年度の委員会はテーマ別に「情報システム構築・運営の品質、セキュリティの向上と顧客満足度向上」、「戦略的な人事・雇用システムの確立」、「新規市場開拓への取り組み」、「コンプライアンス経営の推進」、「業界におけるCTO(最高技術責任者)の確立」の5つを組織しています。大きな方向性は正副会長会議で決定しますが、運営はそれぞれの委員長に任せることになります。それぞれ8月から本格的な活動を開始します。こうした委員会活動では自らを縛るような結論も出てくるでしょうし、政府に対して政策提言するようなケースももちろんあります。さらに商習慣に関わるようなことでは、顧客にお願いするような場合もあるかもしれません。
業界自ら取引の透明性や会計基準の改善を JUASやJEITAなど他団体との協力も
──情報サービス産業に関わる企業は、顧客からの低価格要求といった厳しい問題に直面しています。
棚橋 どの業界でも統合・再編が進んでいます。情報サービス産業も同様だと思います。統合や淘汰は進んで当たり前。情報システムのユーザーは、今や全業種に広がっています。我々の本来の使命として、あらゆる業界の顧客に対して日本の経済社会を支え、国際競争力をつけられる情報システムを提供することが求められているのです。顧客からすれば、本当にコストパフォーマンスの高いシステムを提供できる能力の高い、最も競争力のあるベンダーが選ばれるのは当然のことです。情報サービス産業にかかわる企業1社1社が顧客に選ばれる企業にならなければならない。その意味では、業界全体が助け合って仲良しクラブのようにやっていければいいとは全く考えていません。
それぞれがスキルを高めていくことも当然求められます。それは個々の企業が考えていくことであり、業界団体としては取引の透明性を高めるなど、全体で考えるべきことを担っていかなければならないと考えています。ここにきて、いろいろな事件で明るみに出ていますが、取引の透明性や会計基準なども改善していかなければなりません。経済産業省でも検討されており、私もそこに参加していますが、こうした問題などは本来ならば業界自らが改革していかなければならないことです。今でも、私自身この情報サービス産業は“アキレス腱”産業になっていると思っていますが、そうした自ら改革する姿勢がなければ本当に相手にされない業界になっていくと危惧しています。
──IT化を支える業界として、単にJISAだけでなく他の団体との連携の必要性も出てきますね。
棚橋 商習慣の問題などについては日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)との連携もますます必要になってくるでしょう。また、e─Japan戦略に続くu─Japan戦略など、日本のIT化を進めるプロジェクトでは電子情報技術産業協会(JEITA)などハードウェアを中心とした団体とも協力していく必要が出てくると考えています。こうした変化も含めて、情報サービス産業の業界団体として、JISAの在り方が変わらなければならない時に来ていると思うのです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「歯に衣着せず」と言いたくなるほど、問題点をズバズバと指摘する。「鉄鋼業界から移ってきて経験が少ない」と言いながらも、他の業界から見れば非常識と思われることもまかり通っていると鋭い。棚橋会長が中心となってまとめた「新しいJISAの役割と使命について」も同様。旧弊な業界体質を厳しく指摘し、ITという最先端を担う立場としての自覚を促す。
会長就任の時も「旧態依然とした体質を改めなければならない」とはっきりと宣言した。業界の中には、棚橋会長の訴える改革に冷淡な経営者がいないわけではない。しかし、「存在感の薄い、下請け産業」に対する危機意識は共通だろう。
「結構、青っぽいことを言うのが好きなんだ」と笑うが、ITインフラを支える要の情報サービス産業の地位向上のためには、その“青い”情熱が必要な時もあるだろう。JISAが変われるかどうか、今が正念場なのである。(蒼)
プロフィール
棚橋 康郎
(たなはし やすろう)1941年生まれ、岐阜県出身。63年、慶應義塾大学経済学部卒業。同年4月、富士製鐵入社。95年6月、新日本製鐵取締役。97年4月、常務取締役。00年4月、新日鉄情報通信システム代表取締役社長。01年4月、社名変更に伴い新日鉄ソリューションズ代表取締役社長。03年4月、代表取締役会長。
会社紹介
情報サービス産業協会(JISA)は、国内のシステムインテグレータ(SI)などソフト開発、システム開発に携わる企業をはじめとして、約700社・団体が加盟する。ともに1970年設立の日本情報センター協会とソフトウェア産業振興協会が合併して、84年に設立された。棚橋康郎会長は、副会長だった昨年度、「新たなJISAの役割と使命に関する委員会」の委員長を務め、今年2月に報告書をまとめた。現在のJISAのあり方とともに情報サービス産業の問題点を鋭く指摘する内容に、内外で様々な評価が湧き起こった。