セイコーエプソンのトップに花岡清二社長が就任してから4か月が経った。昨年度(2005年3月期)は売り上げ、最終利益ともに過去最高を記録しながらも、「ベンチャー精神が低下している」と危機感は強い。新トップは、「イメージを総合的に扱う会社“ザ・イメージングカンパニー”」をエプソンの理想像に掲げ、ニーズを先取りしたモノ作りをこれまで以上に徹底させていく。
「ベンチャー精神の低下」に危機感、現状の課題と問題把握に時間費やす
──社長就任後、4か月が経ちました。この期間、まずはどのようなことに取り組んできましたか。
花岡 すでに約2年前に中長期構想を立てており、その立案に私も携わりましたから、トップに就いたからといって方向性を変えることはしていません。進む道やあるべき姿は、この構想で定めており、明確です。セイコーエプソンを「イメージを総合的に扱う会社」に育てること。文書でも、静止画でも、動画でも、あらゆるイメージを扱い、データの入力も出力も手がけられる製品群を持つ会社にすることです。つまり「ザ・イメージングカンパニー」にエプソンを成長させるのが私の仕事です。
この4か月間は、こうした理想像に向け、エプソンのなかで具体的にどんな問題と課題があるのかを深く知ることに時間を費やしました。各事業部門ごとに、2─3年後を見越したうえでどんなことを考えて事業展開しているのかを、1回3時間ぐらいかけてディスカッションしたりもしています。とにかく、問題抽出にかなりの時間を割いてきました。
──社長交代を発表した記者会見では、過去最高益を記録しながらも「エプソンはベンチャー精神が低下している」と、危機感を示していました。
花岡 連結で約1兆5000億円を売り上げる企業規模に成長したことで、「与えられたパートをそつなくこなしていれば良い」という雰囲気を社内全体に作り出してしまったような気がしていました。
私が第一線の現場でやっていた時は、そうじゃなかった。みんな1人何役もこなしてましたよ。開発設計から製造、品質保証も、そして営業、クレーム処理まで何でも対応していました。
ベンチャー企業は、人手が足りませんから何でもやりますよね。そうすると、幅広い考え方で全体の最適化・効率化を考えられるようになる。新しい発想も生まれます。会社には、各自が抱える業務だけでなく、全体の動きを把握している人がたくさんいないと駄目です。企業規模が大きくなっても、幅広い見識をもって、どんどんチャレンジして欲しい。ベンチャー精神の低下について、社員にはこのように説明しています。
──具体的なビジネスの課題では、情報関連機器事業と電子デバイス事業の「両輪を健全に回す」ことを強調しています。
花岡 エプソンはこの2事業を柱としており、どちらかに偏っている体質は健全ではありません。その点からみれば、課題が多いのは電子デバイスです。2─3年先を見越して事業構造を変えていかなければならないと思っています。例えば、全体的に携帯電話向けに偏っているビジネスをもっと他領域まで広げるなど、すべきことはたくさんあります。
液晶デバイスにおいては、昨年10月1日に三洋電機と共同出資会社「三洋エプソンイメージングデバイス(SEID)」を設立し、水晶デバイスにおいては東洋通信機の水晶事業を統合し新会社を設立する予定にあり、体制は整備されつつあります。
──情報関連機器事業では、単機能インクジェットプリンタが昨年の台数シェアでキヤノンにトップを奪われました。
花岡 コンシューマ向けプリンタのトレンドとしては、複合機、そしてパソコンを介さずにデジタル写真の印刷が可能なダイレクト印刷機能付きモデルへと、ニーズがさらに移ってくると思います。実際、今も単機能プリンタは縮小傾向にありますが、複合機は伸びています。エプソンは、このニーズを先取りして、複合機とダイレクト印刷機能付き機種に力を入れラインアップを揃えてきました。
単機能、複合機それぞれで比べるつもりはなく、プリンタ全体でのトップシェア獲得を意識しています。今年1─6月のプリンタ全体のシェアでは、キヤノンさんに6ポイントの差をつけてトップを獲得しており、昨年の単機能プリンタでトップを奪われたことは、それほど大きなダメージとは思っていません。
──単機能プリンタの開発・製造は。
花岡 継続します。日本国内では、複合機が主流になると思いますが、欧州や中国、東南アジアでは単機能でも価格が安いプリンタを欲しいという需要はまだありますから。
──動画の出力機器としては、リアプロジェクションテレビを6月に投入しました。テレビの需要は、液晶、プラズマディスプレイパネル(PDP)に集中していますが。
花岡 エプソンのリアプロジェクションテレビは、47インチで29万8000円、57インチで39万8000円。1インチあたりの単価は6000円台です。液晶、プラズマに比べて圧倒的な価格メリットがあります。液晶、PDPの価格も下がっていますが、価格をさらに下げられる可能性を一番持っているのはリアプロジェクションテレビです。画質についても、液晶、PDPに引けをとらないレベルになったと自負しています。6月に投入した2製品でかなりのインパクトを与えることができたと思いますし、今後はさらに驚いてもらえる製品を出します。力を入れるのは、液晶、PDPを超える高画質と明るさ、そして1インチあたりの価格をどこまで下げることができるかです。
次世代情報関連機器の研究開発拠点建設、ニーズを先取りした魅力ある製品作りを
──プリンタやプロジェクタなどの出力機器は強いですが、スキャナなどの入力機器は市場環境も厳しく、利益確保も難しいように思います。
花岡 スキャナはデジタルカメラの普及などで縮小傾向にあるのは、当然の流れです。でも、止めるつもりはありません。ネガやポジフィルムをスキャンしたい、紙文書を綺麗にスキャンしたいというニーズはありますから、高機能機種に的を絞って継続していきます。市場が縮小しているなかでも、利益は出さなければなりません。スキャナはプリンタと違って消耗品がありませんから、製品単体で利益を出さなければなりませんし、厳しいのは確かです。ただ、設計はシンガポール、生産はインドネシアの拠点で行う効率的なオペレーション体制を確立しており、利益を出し続けています。
デジタルカメラは、コアデバイスを持っていないこともあり、全体的に縮小させていく方針です。しかし、プリンタとの親和性を考えて、デジタルカメラへの顧客の要望を聞くことはとても重要なことです。デジタルカメラ単体での事業は厳しいですが、他の製品開発に与える影響がとても大きいので、継続して製品投入します。
──新たな研究開発拠点が来年完成します。
花岡 長野県塩尻市に「エプソンイノベーションセンター」という次世代の情報関連機器を創出するための研究開発拠点を、約190億円を投じて建設しているところです。来年1月に稼動開始します。
延べ床面積は5万2000平方メートル、従業員は1000人にも及ぶ大型拠点となります。情報機器関連事業の開発者をすべて集めて情報交換が行えるようにし、相乗効果を出していきます。「ザ・イメージングカンパニー」に向け、さまざまな製品を受け持つ開発者の声を集め、より一層ニーズを先取りした魅力ある製品作りを進めていくつもりです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「創業以来ずっと利益を出し続けているんですよ」──。パソコン事業のことだ。ここ数年でパソコンビジネスを取り巻く環境は厳しさを増し、他社が苦しんでいるなかでも、一貫して黒字を確保していることに自信を示す。
パソコンをこのまま続けるか、大きな決断を迫られた時があったという。その時出した答えは、ショップ経由の販売からダイレクト販売への転換。今では当たり前となったメーカーからの直販やBTO(受注生産)方式も、「エプソンは草分け的な存在」と他社に先駆けて展開してきた。
インタビュー中は、「先取り」という言葉が何度も飛び出し、市場が盛り上がる前に、いかに先行メリットを出せるかを強く訴えていたのが印象的だった。
「弱い」と認める入力機器分野でどのような“先取り”製品を出すのか。「ザ・イメージングカンパニー」に向けトップの先見の明がカギを握る。(鈎)
プロフィール
花岡 清二
(はなおか せいじ)1947年生まれ、長野県出身。70年3月、東北大学工学部卒業。同年4月、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)入社。95年6月、取締役。96年7月、米子会社のエプソンアメリカ副社長。99年6月、常務取締役。02年4月、専務取締役。03年4月、代表取締役副社長。05年4月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
セイコーエプソンは、情報関連機器事業と電子デバイス事業がビジネスの大きな柱。情報関連機器事業ではプリンタのほか、液晶プロジェクタ、スキャナ、リアプロジェクションテレビなどを揃える。一方、電子デバイス事業では、ディスプレイ、半導体、水晶デバイスの3つを扱う。このほか、パソコン、業務ソフトの開発・販売なども手がける。
昨年度(2005年3月期)の連結売上高では、情報関連機器事業が全体の63.9%を占め、電子デバイス事業が32.6%。情報関連機器事業では、「BCN AWARD 2005」で複合プリンタ部門、プロジェクタ部門の2部門で最優秀賞を獲得した。国別の売上高は、日本が46.9%、欧州が22.0%、米国が16.5%、アジア・オセアニアが14.6%。
昨年度の連結実績は、売上高が前年度比4.7%増の1兆4797億4900万円、営業利益が同17.5%増の909億6700万円、経常利益が同15.8%増の853億4000万円、当期純利益が同46.4%増の556億8800万円。今年度(06年3月期)は、売上高で同10.9%増の1兆6230億円、当期純利益で同3.1%減の540億円を見込んでいる。
2003年6月、東京証券取引所第1部に上場。連結子会社数は95社。連結社員数は約8万5000人。