「MetaFrame(メタフレーム)」製品群で業績を伸ばしている米シトリックス・システムズ。1月1日付で日本法人、シトリックス・システムズ・ジャパンの社長に日本アイ・ビー・エム(日本IBM)出身の大古俊輔氏が就任した。情報漏えい防止のために、同社の提唱するサーバーコンピューティングに関心が集まっている。追い風の市場環境の中で、日本法人の舵をどう切っていくのだろうか。
9000社、48万ライセンスの導入実績
個人情報保護法施行でニーズが顕在化
──1月1日付での社長就任から約1か月。シトリックス・システムズ・ジャパンの社内の様子はつかめましたか。
大古 社長就任から米国に行ったりしてましたので、シトリックス・ジャパンのオフィスでの実働日数は、まだ10日ほどでしかありません。顧客やパートナーのすべてにご挨拶できているわけではないので、これを急がなければと思っています。不満があるとすれば、日本にいる時間が少なかったということだけですね。
社内では、営業系の社員から始めて、すべての社員と1対1で面談を進めています。仕事での指示を出すとかいうのではなく、社員それぞれに自己紹介をしてもらい、仕事の話よりもむしろ、くだけた会話を交わすようにしています。そのため1人30分の予定で始めるのですが、どうしても時間が長くなってしまいます。
そうした会話の中で気がついたことですが、社員1人ひとりが自社の製品に対する思いが非常に深く、自信を持っている。私自身も、シトリックス・ジャパンの社長に就任して、「メタフレーム」が機能的なことに感銘を受けましたが、社員もそれぞれ製品に対して深い愛着を持っているのだな、ということが新鮮に思えました。
シトリックスは、メタフレームの製品群でサーバーコンピューティングを提唱し、サーバーへのアクセシビリティを高速化する製品群を提供しています。私自身が使ってみて、まさに「目から鱗が落ちる思い」でした。社外にいる社員がモバイルパソコンから社内のネットワークにアクセスする機会は多いと思います。64KbpsのPHSからネットワークにアクセスした場合、大容量のファイルだとダウンロードするのに相当な時間を必要とします。しかし、メタフレームを使えば、ローカルに存在していると思うほどのスピードでアクセスできる。こうした素晴らしい製品を開発し提供することで、社会に貢献しているのだという実感を得て、社員は自信とプライドに満ちているのだと思います。
ですから、管理職の人たちには言っています。マネジメントで1番重要なのは「人」だと。部下をリスペクト(尊重)し、メンバー同士がリスペクトし合う。そういう企業は、顧客からも尊重されるものです。
──米シトリックスの業績は好調です。日本では4月1日に完全施行される個人情報保護法への対応をはじめとして、情報漏えい防止への対策が進められています。シトリックスのビジネスにとっては追い風が吹いています。
大古 日本ではこれまでに9000社、48万ライセンスの導入実績があります。個人情報保護法という法律の施行を控え、ニーズが顕在化してきており、セキュリティの面からシトリックスの製品が注目されていることは事実です。
ただ、「情報」というものをどう扱うのか、という問題があると思うのです。私もよく覚えていますが、かつてのコンピューティング環境というのはメインフレームがあって、電算担当者に計算をお願いして、翌日データを取りに行くというのが当たり前でした。その後、オンラインシステムとなりましたが、情報そのものはメインフレームの中にありました。それがクライアント/サーバー(C/S)型システムのような分散環境になり、それぞれのデスクに強力なコンピューティングパワーがもたらされました。
今の携帯電話機でも、そのソフトウェアは何百万ステップものプログラムで書かれています。これは昔のメインフレームよりも多いほどです。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が言ってますが“Informationon your fingertip”、つまり現在は情報が手元にある時代なわけです。情報を自由に手に入れ、それを活用できるようになりました。当然、自由に情報を手に入れることができるようになれば、その情報を管理する責任が生じてきます。これは当たり前のことで、法律ができたからといってその重要性がクローズアップされるわけではありません。もちろん法律は遵守しなければなりませんが、法律が無くても守るべきものなのです。
自由に情報にアクセスすることや、自由な活動をする権利が制限されるようなことはおかしいと思います。「Under control」された状況の中で、自由な活動と管理とのバランスを保つ必要があると思うのです。自由があれば責任が生じるというのは当たり前のことではないでしょうか。
大塚商会などと「9社連合」結成
ビジネス拡大へ向けパートナー強化も
──昨年7月に大塚商会やセキュリティベンダー、損害保険ジャパンなどと個人情報保護漏えい防止ソリューション提供で提携しました。
大古 シトリックス・ジャパンは小さな会社であり、何でも自前でできるというわけではありません。そのために、有力な企業とアライアンスを組むというのはこれからも必要になるでしょう。大塚商会などとの「9社連合」もその1つです。
これはパートナーとの関係についても同様です。メタフレームのITインフラとしての重要性が理解されていることで、昨年あたりから、大手企業での大量導入というビジネスが増えてきました。顧客に対するサポート・サービスは非常に重要ですが、これまではシトリックスだけでは、サポート・サービスにも限度がありました。
これからも大企業だけでなく、中堅・中小企業向けなど日本でのビジネスを拡大するためには、サポート・サービスの充実は不可欠であり、パートナーの強化は継続して図らなければなりません。シトリックスとパートナーの関係は、それが一体化した“バーチャルオーガニゼーション”のような形になるべきだと考えており、そうした仕組みを作っていきたいと思います。
──シトリックス・ジャパンに弱点があるとすればどこになりますか。
大古 メタフレームなど当社の製品群は、顧客からもパートナーからも良く理解していただきビジネスを拡大できたと思います。しかし今後、今まで以上にシトリックスの方から価値を訴求する活動を強化しなければなりません。メタフレームを活用してもらうために、セールスの担当者もシステムエンジニアもコンサルタントも、もっと強化していきたいと考えています。
私は、IBMという巨大な組織にいました。大きな組織は大きいなりに人材が豊富だったり、ノウハウが充実していたりといったメリットがあります。これと比べれば、シトリックスははるかに小さい組織です。しかし、小さいなりに意思決定がスピーディで小回りが効く体制にあります。幸い、シトリックスは非常に良い社風を持っている。社員が自社の製品に愛着を持っていることで、さらに伸びていくことは確実だと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
シトリックス・ジャパンの社員は現在ちょうど100人。大古社長自身は99番目の入社で、「99というのは中途半端だったが、2月1日に100人目の社員が入ってすっきりした」とか。「これで後輩が1人できた」と笑う。
おだやかな語り口で、まず“先輩”社員たちを立てながらマネジメントを語る。「結局、マネジメントで1番重要なのは人なんです」というのは、日本IBM時代にウェブスフィアの大プロジェクトに関わった時の、人心掌握のノウハウだろうか。
「お世辞でもなんでもなく、CEOのマーク・B・テンプルトン氏は素晴らしい人。そういう人の影響で良いカルチャーがシトリックスには流れている」と語り、「小さい企業だけに風通しが良い」とも。
環境はフォローの風。この中で日本法人のプレゼンスをどう高めていくか。人を重視する経営手腕の見せ所だ。(蒼)
プロフィール
大古 俊輔
(おおこ しゅんすけ)1977年、日本アイ・ビー・エム(日本IBM)入社。金融機関担当システムズ・エンジニアを経て、マイクロ・プロセッサーのプログラムの開発に従事。その後、IBMアジアパシフィック勤務を経て、マーケティング、セールスのマネジメント職務を歴任。99年1月、IBMウェブスフィアの日本市場投入の当初から責任者として、Javaとウェブスフィアの推進に携わる。日本IBMのオートノミックコンピューティング部門の責任者として企業の枠を超えて自律型コンピューティング技術の推進・普及を行う。一貫してソフトウェア技術とビジネスに従事し、最近はハードウェアとの枠を超えソフトウェア技術の普及に努めてきた。05年1月1日から現職。
会社紹介
米シトリックス・システムズの設立は1989年。日本法人のシトリックス・システムズ・ジャパンは97年の設立。情報へのアクセスをシンプルにするというビジョンの下、「MetaFrame Access Suite(メタフレーム・アクセス・スイート)」を開発、提供している。 日本法人の業績は公開していないが、04年(1─12月期)のワールドワイドでの業績は、売上高が前年比26%増の7億4100万ドル、純利益は前年に比べ500万ドル増えて1億3200万ドルとなった。日本では大企業からのニーズが拡大しているほか、自治体でも静岡県富士市、埼玉県蓮田市、千葉県富里市など導入自治体が増えてきた。