NECの半導体事業のうち、メモリ以外の半導体の事業会社として2002年11月に独立したNECエレクトロニクス。03年7月には東証1部上場も果たし、必要な資金をマーケットから調達するとともに、NEC本体にも少なからぬ利益をもたらした。シリコンサイクルの波にもまれ、これまで浮き沈みの激しかった半導体事業でどう舵取りをしていくか。上場後半年で、市場の評価の高さは株価にも表れている。
経営の透明性を高めるため、徹底して「見える化」に取り組む
──NECエレクトロニクスの社長就任から1年。東証1部上場というハードルもクリアしました。
戸坂 振り向くひまもなかった1年でしたね。上場したといっても、設立から1年の“ヒヨッ子”会社です。まだまだやるべきことは多く、その点では発展途上でしょうね。重要な課題としてこの1年徹底して取り組んできたのは、経営の透明性を高めるための「見える化」です。これを実現するためには、社員のカルチャーを変えていくことも重要ですし、ITを含めてインフラの部分も大事です。それらの要素を定量化しなければ、透明性は高まりません。山に例えるなら、いまだ5合目あたりでしょうか。せめて7、8合目あたりまでは目指したいところですが。ただ、「見える化」のターゲットは1年ごとに変化していくわけで、年々目標は高まっていくのが普通です。ですから、普通のことをやっている限り、いつまでも5合目より上には行くことができません。
──NECに限らず、半導体事業は景気により大手メーカーを赤字にもし、黒字にもするという大きな変動を繰り返してきました。半導体専業となったことで、マネジメントはより厳しくなります。
戸坂 NECが半導体事業を分社化したのは、設備投資型という、他の事業との性格の違いもありますが、その他にも、システムLSI事業の場合では経営トップが顧客を訪問しなければならないケースが多いということもあります。コンピュータも通信機器も製販している会社では、半導体は全体の事業の一部分に過ぎません。なかなかトップが出て行くことはできない。半導体専業にすれば、トップが顧客先に頻繁に出かけることができます。
システムLSIのソリューションは、アプリケーションに適したソリューションの提案が必要になります。顧客のシステム商品が成功するためのソリューションでなければならないわけです。そのために、顧客がデバイスに対して何を期待しているのかについて、常に敏感でなければならない。顧客の商品に合わせて「デザイン・イン」するより、むしろもっと前の企画段階、「コンセプト・イン」を心がけなければなりません。そのためのコラボレーションを活発にすることが、成功のカギになると考えています。
──半導体業界では、膨大な設備投資を抑えることと、タイムリーな商品開発を行うために、ファブレス(工場を持たない)カンパニーや、逆に受託生産だけを行うファンダリーメーカーが台頭しています。
戸坂 顧客に最適な半導体ソリューションを提供し、「コンセプト・イン」を実現するためには、デバイスのプロセス技術、設計技術をもち、企画開発から生産、販売まで一貫していることが必要です。確かに、ファブレスカンパニーやファンダリーメーカーが活用されている例はあります。しかし、低消費電力や高性能を実現するために最先端のプロセスが必要な場合、そうしたベンダーで開発できる能力には限界があります。そのためにNECエレクトロニクスはIDM(インテグレーテッド・デバイス・マニファクチャラー)、つまり垂直統合型デバイスメーカーという体制を崩さないのです。
300ミリウエハーラインを設置、本格稼動は2005年に
──03年度上期の業績説明の際に、300ミリウエハーラインを国内工場に設置すると発表したところ、株式市場の反応は冷淡でした。やはり設備投資型産業というイメージが残っているのでは。
戸坂 過去のDRAMへの大規模投資は、ライバルよりいかに早く投資するかがビジネスの成否を決めていました。それで一斉に大規模な投資を行い、工場の稼動開始による一時的な量産規模の拡大で供給過剰になり、市況悪化というパターンを繰り返してきました。規模が大きくなれば、それだけ落ち込みも大きくなり、結果的に国内半導体メーカーのほとんどがDRAMから撤退することになったわけです。半導体工場での300ミリウエハーラインの投資というと、2000億円規模に膨らんでしまうのが当たり前のようになっています。市場での評価がやや下がったのも、NECエレクトロニクスでも能力増強のために大規模な投資を行うのではないか、と思われたようですね。
しかし、NEC山形の鶴岡工場に300ミリウエハーライン設置を決めましたが、投資額は600億円と抑えました。システムLSIのビジネスでは、顧客の市場に注意していなければなりません。稼働率が下がったら何もなりません。いつ頃、どういうプロセスの製品が、どの用途に必要になるかを考えていなければなりません。もともと、200ミリウエハーラインの生産能力増強は検討していました。ここ1年ほどで300ミリウエハーラインの投資効率が高まったことがはっきりしたので、鶴岡工場に投資を決めたわけです。本格稼動は2005年になる見込みです。
──今後の成長基盤は?
戸坂 これまで半導体の成長を支えてきたのはコンピュータでした。しかし、これからはデジタル家電や携帯電話になります。これらの製品はどんどん多機能になり、それをワンチップ化する要求も高くなっています。そのために、集積度を高める微細化プロセス技術が不可欠になっています。これは最先端の分野だけでなく、幅広い製品で低消費電力を実現するための最先端プロセスが求められています。それだけ用途が広がっており、プロセスで言えば100ナノメートル以下の超微細プロセスに対応できるようなIDMにとって、ビジネスチャンスが拡大していると言えるでしょう。
──NECグループは昨年12月、中国にある半導体設計合弁会社「北京華虹NEC集成電路設計有限公司」を100%子会社化しました。中国での半導体開発が強化拡大していくことになります。
戸坂 中国の設計開発会社を、どのようにNECエレクトロニクスの開発リソースに組み込んでいくかが課題になります。家電や携帯電話は中国での開発生産が活発化しており、その意味では中国ビジネスの拡大は不可欠です。ハードの開発でも、その上に載るソフト、プラットフォームをどう組み込んでいくかが重要です。つまり、ソフトの開発リソースを揃えることが必要になっています。中国では家電メーカーなどの進出で、そのソフト開発が進んでいます。さらに、かつては中国製品は輸出が中心でしたが、今では国内に大手家電メーカーがあるように中国国内の市場も拡大しており、半導体の需要も大きくなっています。日本メーカー向けの開発は日本で、海外の顧客向けにローカライズする必要のある開発分野は、現地で行うという体制です。ただし、生産設備への投資は日本が中心に行っていこうと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
国内半導体メーカーの再編もようやく一段落した感がある。その業界再編の目玉の1つが、NECのメモリ事業を当初は日立製作所との合弁でスタートしたエルピーダメモリに移管し、それ以外をNECエレクトロニクスとして独立させたことだろう。NECグループ向けのビジネスは売上高の10―15%程度。コンピュータ事業の担当の頃を振り返って、「あまりNEC製品は使わなかったな」。今後も、この比率は変わらないと見ている。「NECは最重要のお客さまに変わりがない」からだという。システムLSIのビジネスは、「顧客の成功をどう実現していくか、という点でコンピュータのソリューションビジネスと変わりがない」。違うとすれば、「やっぱり投資額の大きさ」とか。(蒼)
プロフィール
戸坂 馨
(とさか かおる)1942年3月15日生まれ。66年3月、東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻修士課程修了。同年4月、NEC入社。89年、第二OA装置事業部長。92年、支配人。93年、第一パーソナルC&C事業本部長兼支配人。94年、取締役支配人兼第一パーソナルC&C事業本部長。98年、常務取締役。00年、取締役常務NECソリューションズカンパニー副社長。02年4月、取締役常務NECエレクトロンデバイスカンパニー社長。同年6月、取締役専務NECエレクトロンデバイスカンパニー社長。同年11月、NECエレクトロニクス社長、NEC非常勤取締役。03年3月、NEC取締役辞任。
会社紹介
NECエレクトロニクスは、NECの電子デバイス部門の社内カンパニーだった「NECエレクトロンデバイスカンパニー」が完全に分社化し、2002年11月1日付で発足した。03年7月24日には東京証券取引所第1部に上場。NECのメモリ事業は、「エルピーダメモリ」に移管されており、NECエレクトロニクスは蕫システムLSI専業メーカー﨟に。今年度(04年3月期)の売上高見通しは、製品移管があったため7050億円でわずかに減収。営業利益は500億円で営業利益率7%台を堅持、最終利益は前年度の2.7倍となる260億円を見込む。戸坂社長は、かつてNEC時代は開発者、事業部担当としてパソコンの「PC―98シリーズ」をはじめとするコンピュータ事業の“顔”というべき存在だった。NECエレクトロンデバイスに籍を移してから、「最初はデザインインという言葉も聞き慣れない感じがした」と笑うが、今ではIDM(インテグレーテッド・デバイス・マニファクチャラー=垂直統合型デバイスメーカー)として、セット商品の企画開発段階から参画することで高性能・高品質な半導体ソリューションを展開している。