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<本多編集長が今、いちばん気になるAI活用事例>連載 第1回 徹底分析 ネットワールドは開拓者だ! AIチャットボットが 新人マーケッターを救う
2018/03/01 09:00
週刊BCN 2018年02月26日vol.1716掲載
ストレージの“難しさ”を
乗り越えるために
ネットワールド
佐々木久泰
マーケティング本部
インフラマーケティング部部長
こうした状況に危機感を覚えた佐々木部長は、何とか対策を講じなければと考えた。社内にはFAQシステムもあるが、一般的な内容にとどまっているため、イレギュラーな質問には対応できず、新人の疑問に都度答えるという役割は果たしていなかった。そこで佐々木部長はまず、ストレージを担当するマーケティング部隊と営業のメールのやり取りを、過去の履歴も含めてすべてデータベースに蓄積できるようなシステム化を行った。「ネットワールドはメール文化で、ストレージを担当するマーケティング部隊と営業のやり取りもほとんどメールで行っていて、そのなかにストレージビジネスのナレッジの大部分が含まれる」(佐々木部長)ため、新人がそれを検索して活用できるように、社内問い合わせ履歴管理システムをつくったのだ。
ただし、佐々木部長の視線はさらに先を見据えていた。このシステムのログをAIで解析し、事前学習させたうえで活用すれば、チームとしてのナレッジの蓄積を新人の育成や業務の現場で真に生かしていくシステムができるのではないかと考えたのだ。
Slack+AI
チャットボット
具体的には、ビジネスチャットツールの「Slack」をインターフェースとする、AIチャットボットシステムを構築した。日本語を意味のある最小単位に分割する形態素解析には、オープンソースの形態素解析エンジンである「MeCab」を採用。単語に分割した文書の学習には、グーグルがこれもオープンソースとして公開している機械学習ライブラリ「TensorFlow」を使った。新人メンバーの業務そのものも、ルールを変えた。ベテラン社員が横にいても、口頭での質問は禁止し、すべてSlackからAIチャットボットに質問するようにさせた。チャットボットは、データベースにある過去のメールのやり取りなどを解析して、いくつかのサンプル回答を提示する。質問者が、サンプルから自分の質問に対して最も適切だと思われるものを選び、ベテラン社員がそれを問題ないか確認するプロセスもシステムに組み込んだ。問題がなければ、ベテラン社員はOKボタンを押すだけ、問題がある場合はサンプルのなかからより適切なものを選ぶか、回答を直接入力する。いずれのフローであってもAIチャットボットは新人が質問する度に学習し、回答の精度を高めていく仕組みだ。
この構想がスタートしたのは2017年の4月で、システム構築ベンダーを4社の候補のなかから選定し、9月には試験運用、10月から本格的な運用を開始した。システム構築ベンダーに選ばれたのはアベリオシステムズだ。佐々木部長が求めるものに近い、社内ナレッジを蓄積・活用するためのチャットボットシステムをすでに社内でつくって運用していたこと、それをベースとすることでコスト面でも優位性があったのが決め手となった。
やってみて初めてわかる
課題がたくさん
アベリオシステムズ
吉井亜沙
取締役
佐々木部長も、「実は、10月後半くらいには、うまく回答が返ってこないので、早くもみんな使うのを諦め始めたような雰囲気が出始めた。しかし、今月いっぱい使ったら焼肉をご馳走するからとか(笑)、何とかメンバーのモチベーションを喚起して継続させた。便利なシステムにしていくために越えなければならない壁があって、それを組織のマネジメントで越えていかなければならないという生みの苦しみはあった」と説明する。
また、AIチャットボットのアイコン設定によっても、ユーザーである新人のモチベーションに変化がみられたともいう。「もともとアベリオシステムズが開発したシステムでは、かぼちゃをモチーフにしたオリジナルキャラクターがAIチャットボットのアイコンになっていて、当社でも最初はそれをそのまま使っていた。しかし、現場からそれではどうも誰かに教えてもらっている感じがしないという声が出てきた。議論の末に、実在の人物の写真をアイコンにした。チーム内には女性メンバーが多いこともあって、大変好評。これも、運用してみて初めてわかったことで、一つの重要な知見だ」(佐々木部長)とのこと。AI活用には、インターフェースのあり方も重要な要素であることを示唆するエピソードだ。
インフラの課題は
IBM Minskyで解決
データの蓄積によりAIチャットボットは実用レベルに達してきている一方で、システムのインフラ面では大きな課題も浮上したという。活用範囲がストレージのマーケティングチームに限られていることもあり、当初は一般的なCPUスペックのx86サーバーにゲーム用GPUを1枚挿した、高性能とはいえない製品を使っていた。しかし、アベリオシステムズの吉井取締役は、「もともと想定していたよりも長い文章のやり取りが多く、単語数も多かったため、蓄積されるデータも想定以上のスピードで容量が増えた。やがて、計算がメモリエラーになり、展開できなくなってしまった」と話す。当初から、一回の解析・事前学習には2、3時間必要だったが、それが7時間ほどまで伸びて、最終的には計算できなくなってしまったという。そこでネットワールドは、IBMがAIに最適なインフラ製品として開発した超高速サーバー「Minsky」を使って課題を解決することにした。Minskyは、「IBM POWER8 CPU」と「Tesla P100 GPU」を搭載し、強力なGPUコンピューティングを実現するのはもちろん、NVIDIAの新技術である「NVLink」を実装しているのが特徴だ。NVLinkはCPUとGPUの相互接続の帯域幅を大幅に拡張する技術で、MinskyのCPU-GPU間のデータコミュニケーション速度は従来製品の2.5倍になるという。アベリオシステムズの吉井取締役によれば、「Minskyに最適化して計算のアルゴリズムを調整したことで、一回の解析・事前学習にかかる時間は20分まで短縮された」という。
ネットワールド
荻上照夫
マーケティング本部
ソリューションマーケティング部
システムソリューション課次長
今後の計画としては、マーケティングチーム内での活用だけでなく、営業部門にもAIチャットボットの活用範囲を広げていく方針だ。佐々木部長は、「さらにデータが増えていくことになり、AIチャットボットの回答の精度が飛躍的に高まっていくと期待している。インフラ側も、Minskyによりそうした活用に耐え得るものになった」と話し、この事例をリセラーやユーザーに水平展開していくことも視野に入れる。
編集長の眼
AI活用はデジタルトランスフォーメーションの中核を担うと目されている。しかし、実際にどのようなソリューションにAIを活用すべきなのか、ユーザーが独自に一から発想することは難しい。リファレンスが増えなければ、AI活用の裾野は広がらないだろう。ネットワールドは、自社内のシステムでそのリファレンスづくりに取り組み、自社で扱うインフラ製品の生かし方も模索している。佐々木部長は、「言い出しっぺが責任をもってやれば、立場を問わず自由に社内のIT投資にかかわることができる文化がある」と話す。この自由と自律の文化こそが、開拓者としてのネットワールドの強さを支えていることを実感した。
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