顧客ニーズの多様・複雑化に伴い、必要なスキルを磨き直す「リスキリング」に注力するSIerは少なくない。ただ、リスキリングは技術的な要素にとどまるものではないようだ。SCSKは全国約500カ所ある「分室」のリスキリングを通じてビジネスモデルそのものの改革に取り組んでいる。分室を開発・運用支援の拠点機能に加えて、顧客とともに顧客ビジネスの変革や価値創造を推し進める「共創」の拠点として機能させるためのスキルの習得を推進する。一方、日鉄ソリューションズ(NSSOL)は、リスキリングを巡って従業員全体の6割が「悩みが漠然としたままになっている」との結論を導き出し、自社開発した悩みの論点整理を促すツール「なやさぽ」を活用。10月から外販に乗り出している。SIerのリスキリングを巡る取り組みを追う。
(取材・文/安藤章司)
分室の3割を共創拠点に転換
SCSKが改革に取り組む分室は、顧客企業のシステム開発や運用の現場近くにSCSKの従業員ならびに協力会社が駐在して、開発・運用の支援を行う拠点で、協力会社の従業員を含めて全国に約500カ所、約1万人が勤務する大規模なものだ。
SCSK 梅田和敬 部長
分室のリスキリングでは、顧客ビジネスの変革を顧客とともに推進する“共創”に軸足を置く。中期経営計画(2021年3月期~23年3月期)が始まるタイミングから、分室長を対象とする「サービスマネージャー実践ワークショップ」を実施し、顧客との共創とは具体的にどういったものかを学んでもらった。直近までにSIerとの共創に関心が高い顧客を担当する分室を中心に、全体の3割に相当する約150人が実践ワークショップへの参加を済ませた。従来の分室は、「顧客からもらった仕事を実直にこなす」(梅田和敬・SE+センター事業高度化推進部部長)といった、どちらかと言えば作業を請け負う性格が強かったが、共創拠点化に当たっては「顧客の業務改革や次世代システムを顧客とともに創りあげる」(同)取り組みに重点を置く。
実践ワークショップでは、半年にわたって共創と従来のソリューション提案との違いについて理解を深めたほか、実際に顧客担当者にインタビューして共創の足がかりを掴む手法を習得させるなど、オンラインでの座学と実践を織り交ぜたカリキュラムを組んだ。
これまでのSIerのリスキリングは、新しいコンピューター言語の習得など技術寄りの領域が多かったが、SCSKの分室改革では、従来の受託開発や運用を軸とする顧客との関係を見直し、顧客とともに業務改革を行ったり、新しいビジネスを創り出したりするスキルの習得を柱としている点で大きく異なる。「スキルの転換というより、ステージの転換だ」と、堀江旬一・業務役員SE+センター長は捉える。
SCSK 堀江旬一 業務役員
日々客先に出向く営業担当やSEの役割も重要だが、分室とは担っている分野が異なる。営業・SEは、最新の技術やソリューションを携えて、新規顧客の開拓を含めて幅広い顧客接点を持つのに対し、分室は特定顧客、特定業務を担う「狭く深い顧客接点を持っている」(堀江業務役員)特性がある。この特性を共創に生かすには、顧客から見た分室に対する認識や位置づけを「従来の委託先から共創パートナーへと変えてもらう」(同)ことが欠かせない。
共創パートナーとして認識してもらうための働き掛けの方策を、まずは分室長に身につけてもらい、そのスキルを分室のメンバーと共有してもらう。SCSK幹部からも「分室長を担う人は、御社と共創して大きな価値を創り出すために選抜された人材です」と顧客に向けて明確にアナウンスされる。これまで分室が担っていたシステム開発・運用は全国25カ所のニアショア開発・アウトソーシング拠点によるリモート方式を積極的に活用することで分室の負担軽減や生産性向上も並行して進める。
今後は、実践ワークショップに参加した150の分室が、質量ともに十分な共創モデルを創り出せるかどうかを検証し、カリキュラムの改善やワークショップ対象分室の拡大を検討していく。
漠然とした悩みを解消
NSSOLは、リスキリング推進に向け、従業員自身のキャリア形成を支援するツールとして「なやさぽ」を開発。社内で1年余りの時間を費やして実証実験を行った結果、およそ6割が「悩みが漠然としたままになっている」との結論を導き出した。「クラウドネイティブな技術を身につけたい」「アジャイル開発プロジェクトに参画してスキルを身につけたい」と具体的な課題意識を持って、解決に向けて行動している従業員は全体の4割に過ぎず、残りは成長はしたいものの、具体的な手立てがないまま日々を過ごしているようだ。
NSSOL 原田大輝氏
この傾向は「男女差、年齢差はあまりなく、個人差のほうが大きい」(流通・サービスソリューション第一事業部システムエンジニアリング第一部の原田大輝氏)と分析している。NSSOLでは、漠然とした悩みを抱えている従業員の悩みを整理するツールとして「なやさぽ」を位置づけ、この10月から社外向けの販売もスタートした。従業員は匿名で利用でき、会社側は「“どういった悩みの傾向があるのか”の全体像を把握できる」(流通・サービスソリューション事業本部営業本部営業第一部の関口遼氏)仕組みだ。
NSSOL 関口 遼氏
例えば、「成長したい」「悩みを相談したい」「自分に合った選択肢がない」ことを事前に「なやさぽ」で確認し、上司との面談では口頭で趣旨を伝える。上司は少なくとも「この人は成長したいんだな」「悩みを聞いてほしいんだな」「現状では選択肢が見つかっていないんだな」と理解でき、具体的な対策を打ち出しやすくなる。原田氏は「本人が『成長したい』と思っているにもかかわらず、それがうまく伝わらず『意欲のない部下だ』と誤認されることを避けられる」と話す。
まずは従業員数1000人前後の企業をボリュームゾーンとし、24年3月期末までに数十社に使ってもらいデータを蓄積。今は現場の従業員を主な支援対象としているが、集めたデータをもとに、その上司に当たる中間管理職への応用も視野に入れる。企業の経営戦略に沿った従業員のリスキリングをスムーズに推し進めるとともに、従業員エンゲージメントの底上げにつなげる方針だ。