日本マイクロソフトが、クラウドナンバーワンプレーヤーの実現に向けた歩みを着実に進めている。新型コロナウイルスの感染拡大による社会環境の変化に伴い、働き方改革やデジタルトランスフォーメション(DX)に取り組む企業が増加。政府や自治体においてもその動きが加速している。働き方改革やDXを支える主要テクノロジーの一つがクラウドであり、そこに日本マイクロソフトは多くの投資を進めている一方で、コロナ禍によって同社の抱える課題も浮き彫りに。2021年、日本マイクロソフトの次の一手はどうなるのか、同社のビジネス戦略から探る。
(取材・文/大河原克行 編集/前田幸慧)
日本マイクロソフトの業績は、順調に拡大している。米国本社の決算発表では日本の業績が発表されることはないが、2020年11月に官報に掲載された決算公告によると、20年6月期(19年7月~20年6月)の売上高は7429億円、営業利益は392億円、経常利益は372億円、当期純利益は261億円となった。前期実績と比べると、売上高は23%増、営業利益は46%増という高い成長を実現している。
成長のけん引役は、Microsoft Azureを中心としたクラウドビジネスだが、20年1月のWindows 7のサポート終了や、19年10月の消費増税前のPCの買い替え需要なども売上増に貢献。いわゆるオンプレミスの領域が想定以上に伸びたのが、大きな成長につながっている。
好調ぶりは、20年7月から始まった21年度(2020年7月~2021年6月)も続いているようだ。オンプレミス関連ではWindows 7関連のPC特需が終わったものの、教育分野における「GIGAスクール構想」や、コロナ禍による在宅勤務の広がりなどを受けてPCへの需要が高まったことで、引き続き堅調に推移。その一方で、コロナ禍における働き方改革の推進の動きやDXの取り組みが、企業だけでなく政府や自治体にも広がり、クラウドやAIの活用が加速していることも業績にはプラスとなっている。
コロナ支援を最優先に
業種別に対応を深掘り
日本マイクロソフトは、21年度の経営方針として「市場・顧客のデジタルトランスフォーメーション」と「政府・自治体のデジタルトランスフォーメーション」の2点に力を注ぐ姿勢を示しているが、ここで注目しておきたい点が二つある
一つは、これまでは重点業種をより明確に示してきた同社だが、21年度に関しては民需市場を「市場・顧客のデジタルトランスフォーメーション」という大きな枠で括ったことだ。そのため、事業方針説明では日本マイクロソフトが果たしてどの領域に力を注ぐのかが明確にならなかったともいえる。
その理由について、日本マイクロソフトの吉田仁志社長は、「21年度は新型コロナの感染拡大によって生まれた課題への対応を最優先したいと考えている。ではどの業種がコロナの影響を受けたのかといえば、全ての業種にわたる。特定の業種に対して重点的に取り組むのではなく、あらゆる業種に対してお役に立つという姿勢を示した」と説明。その一方で、「インダストリーごとに状況は異なるため、それぞれに特化した取り組みを進めていくことは変わらない。DXを推進するとなれば、当然、業種ごとに深掘りし、突き詰めていくことが必要になる」と語る。
吉田仁志 社長
つまり、事業方針説明では明らかにされなかった重点業種というものが、実際には存在することになる。それは同社の組織体制からひも解くと分かりやすい。
日本マイクロソフトでは、「金融」「製造/資源(エネルギー)」「運輸/サービス」「流通」「自動車」「通信/放送/メディア」「ヘルスケア/教育/ガバメント」「ゲーミング」といった八つの業種別組織を持つ。ゲーミングが異質のように見えるかもしれないが、これはゲームコンソールのXbox事業を指すのではなく、ゲーム開発会社などが開発環境としてAzureなどのソリューションを活用してもらうことを指したものであり、他の業種別組織と同じように「ゲーミング」という業種で捉えたものだ。また、業界別リファレンスアーキテクチャーを運輸、流通、製造、金融、ヘルスケアの五つの業種を対象に、11件のテンプレートを用意している。
さらに、20年8月からは執行役員が新たに担当する領域として「ストラテジックアカウント」を用意し、国内数十社の大手企業に対する支援体制を強化。そのほかにも昨年は、中堅・中小企業を担当する「コーポレートソリューション」、防衛省など担当する「ディフェンス&インテリジェンス」といった、役員が担当する新たなポジションを用意しており、ここも同社にとっては21年度の重点領域ということになりそうだ。
政府・自治体支援を
最高位の位置付けに
もう一つのポイントは、「政府・自治体のデジタルトランスフォーメーション」を、二本柱の一つとして掲げた点である。これまでにも政府・自治体向けの取り組みを掲げたことはあったが、二本柱の一つという最上位の位置づけで掲げたのは、日本マイクロソフトの歴史上、初めてのことだ。吉田社長は「DXが最も遅れているのが政府。日本を支援するためには、政府のDXへの支援を避けては通れない」と話す。
21年秋には、デジタル庁の創設が予定されるなど、デジタルガバメントに対する取り組みが一気に加速するのは明らかだ。吉田社長も、「政府・自治体の関係者との対話に多くの時間を使っている。これまでのように政府の方針が出てから動きだすというのではなく、もっと早い時点で動き出さないといけないと考えている」と前向きな姿勢を見せている。
政府・自治体のDXにおいて中核的な役割を果たすのが、パブリックセクター事業本部に設置する形で19年9月に発足した「デジタル・ガバメント統括本部」だ。ここでは先に触れた「ディフェンス&インテリジェンス」が担当する防衛省を除き、官公庁や政府機関、全国の自治体、日本郵政、JAなどを担当する。
デジタル・ガバメント統括本部の特徴は、まさに、政府や自治体のデジタルトランスフォーメーションを担う組織として発足した点にある。かつての政府・自治体の担当部門は、公共営業本部の官公庁営業部で、その名の通り、官公庁に向けてマイクロソフト製品の営業活動を行うことが役割だった。だが、デジタル・ガバメント統括本部は、製品を売るという営業活動ではなく、DXの観点から政府や自治体などを支援する。
組織を構成するのは、政府や自治体に関する業界知識を持つ人材のほか、政府や自治体に求められるソリューションに精通したクラウドアーキテクト、セキュリティのスペシャリストなどだ。さらに、日本マイクロソフト社内では「Vチーム」と呼ぶ支援体制を活用。技術営業部門やサービス部門といった他の組織の社員が、政府や自治体向けに時間を割くケースが増えているという。
日本マイクロソフトの木村靖・業務執行役員パブリックセクター事業本部デジタル・ガバメント統括本部長は、「クラウドの活用提案やDXの支援は営業活動とは異なり、より踏み込んだ関係が必要になる。また、国民へのサービス強化、業務の効率化に向けた支援や提案だけでなく、デジタル人材の育成支援も行う。マイクロソフトが持つ海外での数多くの事例や、マイクロソフト自身が経験してきたDXの失敗例や成功例を共有する。製品をパートナー経由で販売するのではなく、文化や組織づくり、人材育成、利活用提案、PoCを共同で推進するといった役割を担う点が、これまでの組織とは異なるところであり、競合企業の体制とも異なるところである」と説明する。
木村 靖 業務執行役員
特に、政府・自治体におけるデジタル人材の育成では、競合他社と圧倒的な差があることを強調する。これまでにも、延べ1600人に上る政府・自治体の職員を対象にした勉強会を数百回実施してきたほか、20種類以上のウェビナーコンテンツを整備しており、21年春にはこれを50種類にまで拡大するという。また、政府・自治体におけるMicrosoft Power Platformの活用も推進。プログラムに関する知識がなくてもPowerPointで資料を作ったことがある人であればアプリを開発できるとするPower Platformの特性を生かし、職員が自分たちでアプリを内製化できる環境を作りたいとしている。
例えば神戸市ではPower Platformを活用して、職員がほぼ1人でわずか1週間という短期間に「特別定額給付金の申請状況等確認サービス」を作成。新型コロナ対策に関する住民サービスの提供を開始した。日本マイクロソフトでは、「地方自治体の一般行政職員は約90万人。そのうち約1割を、アプリを内製化できる人材にするための仕掛けをしていく」とする。
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