中小企業や小規模事業者のデジタル化を支援する「中小企業デジタル化応援隊事業」が9月に始まった。スキルを生かしたい人が「IT専門家」として登録し、全国各地でIT活用を後押しする仕組みだ。人手不足やコロナ禍といった課題が山積する中、関係者はデジタル化の波を広げるきっかけになると期待している。
(取材・文/齋藤秀平)
津々浦々の企業をサポート
事業は、中小企業庁が中小企業のテレワーク導入などのデジタル化を支援するため、関係費用100億円を2020年度第一次補正予算に計上。独立行政法人の中小企業基盤整備機構(中小機構)が事業を実施している。
このタイミングで新たに事業を展開した背景には、新型コロナウイルス感染症への対応や働き方改革で、デジタル化の必要性が高まっていることがある。中小企業庁は、特に全国津々浦々に広がる中小企業や小規模事業者をサポートするためには、IT専門家による各地での活動が効果的と判断した。
中小機構の佐本耕平・経営支援部連携支援課担当課長(ITプラットフォーム)兼企業支援課担当課長(経営相談)は「国内の全企業約350万社の内訳を見ると、圧倒的に中小企業や小規模事業者が多く、IT導入に向けたレベル感の幅は広い。高度な支援だけではなく、ビジネスになりにくい中小企業や小規模事業者のちょっとした疑問に答えるような支援も必要だ」と語る。
中小企業基盤整備機構 佐本耕平 担当課長
事業では、中小企業とIT専門家が事務局のサイトにそれぞれ登録し、事務局がニーズと支援分野をマッチングする。IT専門家の相談費用のうち、1時間につき上限3500円が補助される。補助額は、フリーランスの関係団体へのヒアリングを実施し、その結果などを基に決めたという。事業への登録受付期限は来年1月末までで、支援事業の報告期限は翌2月末まで。
例えば1時間単価が4000円のIT専門家から40時間の支援を受ける準委任契約を結んだ場合、中小企業や小規模事業者が負担する費用は500円×40時間=2万円となり、残る14万円が補助対象となる。
支援の領域は、テレワークやオンライン会議をはじめ、電子契約ツールやホームページ構築、ERP導入など多岐にわたる。IT専門家の活動内容について、佐本担当課長は「デジタル化に向けたアドバイスを支援としており、特定の商品の売り込みについては認めていない」と説明する。
既存の“専門家”は排除しない
IT専門家として登録できるのは、フリーランスで活動している人と、副業・兼業の人が対象となる。法人の場合は、中小企業等経営強化法で定められた認定情報処理支援機関になっていることが条件となる。
IT専門家の基準については「中小企業の経営課題を明確化し、もしくは他の経営指導の専門家が明確化した経営課題の趣旨を十分に踏まえ、IT専門家として支援領域において適切かつ効果的な支援が可能であること」や「特定の支援ツールやサービスのみに依存しない形で、中小企業・小規模事業者等のデジタル化を支援する能力を有する者」など計14項目が定められている。
企業のIT活用を支援する制度としては、2001年に始まったITコーディネータ資格制度がある。NPO法人のITコーディネータ協会は、「ITコーディネータは、真に経営に役立つIT利活用に向け、経営者の立場に立った助言・支援を行い、IT経営を実現する人材」と位置づけている。現在、約6500人の資格保有者が全国で活動しているという。
今回の事業では、ITコーディネータと支援領域が重なる部分もある。しかし、あまねく支援が行き届いているとはいえない状況もあるという。中小機構の氏家永史・経営支援部連携支援課主任兼企画部生産性革命推進事業室主任は「現場で中小企業の声を聞いていると、地方の企業に対してリーチできる専門家が少ないことが課題としてある。東京だとITコーディネータは多いが、地方だと、そういう人材を見つけることがそもそも難しい場合もある」と指摘する。
中小企業基盤整備機構 氏家永史 主任
その上で「ITコーディネータなどの既存の専門家を排除するという考え方はしていない」と前置きし、「これまでの支援の枠組みでカバーできなかった領域に、フリーランスや兼業・副業の人に入ってもらいたい」と期待する。
厳しい環境を乗り越えるために
中小機構が独自で実施した調査では、中小企業の7割が、コロナ禍以前から人手不足の問題に直面しており、業務の効率化が課題になっている。日本では今後、さらなる人口減少が予想されており、人手不足の問題はますます深刻になる可能性が高い。
人手不足の影響を緩和する一つの方法としてITが注目されている。しかし、佐本担当課長は「大企業との比較では、中小企業のIT導入はまだ進んでいるとはいえない」とし、「業務分野ごとでは、メールの導入といったところはあるが、バックオフィスまでIT導入が広がっていないというデータもある」と紹介する。
さらに「ITで全ての課題を解決できるわけではないが、企業の間では、一つのツールとしてITを使っていくことを前提とし、その次に何をすべきを考える流れが当たり前になりつつある。デジタル化の先には、デジタルトランスフォーメーションという話もあるので、中小企業や小規模事業者がしっかりとITを活用し、厳しい環境を乗り越える力をつけられるような支援をしていきたい」と話す。
中小企業の業務効率を高めることは個社の課題ではない。人手不足に加え、今後、相次ぐ制度変更を控えており、国もデジタル化による中小企業全体の生産性向上が必要と認識している。クラウドサービスが普及し、中小企業のデジタル化は以前に比べて容易になったといわれているが、爆発的普及のためには乗り越える壁があるとされる。デジタル化が加速するきっかけとして期待されている中小企業デジタル化応援隊事業は、ITビジネスの拡大につながる可能性もあり、協力に動くITベンダーも出ている。
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