主要SIerの通期決算が出そろい、今期の事業展望や各社の経営スタンスが見えてきた。コロナ・ショックによってプロジェクトが縮小、延期になったり、受注を見込んでいた案件の行く末が不透明になるなどマイナスの影響が出始めている。一方で、働き方改革の文脈での在宅勤務や、オンラインでの顧客接点、デジタル技術を活用した販売チャネルの有用性が再確認されたことも事実。コロナ・ショックの前には見られなかった新しい需要や、デジタル化の一層の進展が見られるといった、プラスの要素は見過ごせない。このパラダイムシフトを受注や売り上げにどうつなげていくかが、今期業績のカギを握る。
(取材・文/安藤章司)
好景気から急変、今期の視界悪く
緊急事態宣言が解除され、国内の情報サービス業界は落ち着きを取り戻しつつあるものの、海外に目を向けると依然として不透明な部分が多い。NTTデータは5月中旬の決算発表の時点で、受注残や複数年度にわたる保守サービスやアウトソーシング案件などを積み上げても、売上高で「5000億円ほどまだ見えていない」(本間洋社長)と話す。コロナ・ショックの被害は日本よりも欧米のほうが深刻。欧米を中心とした海外売上高が全体の約4割を占める同社は大きな影響を受ける。
NTTデータ 本間 洋 社長
国内ビジネスにおいても、SCSKは4月末の決算発表の時点で、「引き合いがある有力案件のうち200~300億円ほどがまだ動いている状態」(谷原徹社長)としており、流動的な部分を警戒する見方がある。
業界全体を見渡すと、昨年度(2020年3月期)までは良好な受注環境が続いており、多くのSIerが増収増益を達成している。経済産業省が毎月発表する「特定サービス産業動態統計」をもとに情報サービス産業協会(JISA)が作成した、情報サービス業の売上高推移でも、3月までは前年同期比プラスで推移。しかし、同じくJISAが3月時点で調査した向こう3カ月の売上高DI値の見通しでは、売上高が減少する方向へと急降下している(図参照)。
第2四半期の落ち込みを警戒
今年度第1四半期(4-6月)は、人と人の接触を「最低7割、極力8割削減する」という政府の方針のもと、多くの企業が在宅勤務へと移行した。準備期間が極めて短く、十分な設備もないままリモートワークを行ったことで顧客接点が減り、新規顧客の開拓が滞ったり、顧客が出社できないために、プロジェクトが遅延したりといった影響が出ている。
TISの桑野徹会長兼社長は、そのツケが顕在化するのは第2四半期(7-9月)になると見ており、「第2四半期の落ち込みの“谷”がどれだけ深くなるのかまだ見えない」と危惧する。
コロナ・ショックのIT投資への影響は、ユーザー企業の属する業種によってその度合いが大きく異なる。大きな打撃を受けた観光や旅客運送、飲食サービスに加え、経済の先行き不透明感が強まったことから自動車の販売などが減り、製造業も停滞気味。対して、通信キャリアや官公庁、金融への影響は限定的と見られている。また、資金的な余裕のない中堅・中小企業は、コロナ・ショックの影響がはっきりするまでは「経営判断で投資を凍結するケースが目立つ」(JBCCホールディングスの東上征司社長)。医療機関は資金的な問題がなくても、コロナ対応で人的リソースの余裕がなく、「電子カルテの更新などのプロジェクトが先送りになるケースが少なくない」(同)という。
一方、仮に新型コロナウイルスの感染拡大が夏までに収束したとすれば、自動車をはじめとする産業分野の回復も早まることになる。情報サービス業の売り上げや利益も下期(20年10月-21年3月)に巻き返して、「通期で前年度比トントンまで持っていける望みはまだある」とのSIer幹部の声も聞こえてくる。
パラダイムシフトが起こっている
情報サービス業のビジネスに限定して見れば、コロナ・ショックによって新しい需要が生まれたプラス要素もある。代表例が、在宅勤務で必要となるリモートワークの商材だ。
急に需要が発生したため、IT業界側のサービス供給体制が間に合わずトラブルになるケースも見られた。TISは、働き方改革関連のテレワーク商材として、外部から社内の業務システムに接続するリモートアクセスサービスを提供していたが、緊急事態宣言を受け顧客企業の従業員が大挙してリモートワークへ移行したため、リモートアクセスの接続許容量を超過。復旧は困難を極め、同サービスは6月末まで停止する事態となった。同社は他社の同等サービスに切り替えてもらうなどの対応に追われれた。
TISの桑野会長兼社長は、5月中旬に開かれた決算説明会で「多くの顧客に迷惑をかけてしまいお詫び申し上げます」と陳謝。リモートアクセスサービスは、あくまでも外出先からでも社内の業務システムに接続できるテレワーク商材として開発したものであり、社員の大半が自宅から常時接続するような事態は想定外だったようだ。他のSIerの幹部も「『VPNの接続口が枯渇している。どうにかしてほしい』との要望がユーザー企業から多く寄せられた」と話しており、全国的なテレワーク需要増に発展した。
企業の情報システムの多くは、職場で業務アプリケーションを操作するシステム設計になっており、出張や訪問営業などの限られた外勤者のために用意されたシステムを通じて「リモートアクセスすることも可能」という程度。「リモートワークを前提」とした設計にはなっていない。今回のコロナ・ショックでその問題点が浮き彫りとなり、解決するための新しいIT需要が生まれている。野村総合研究所(NRI)の此本臣吾会長兼社長は「コロナ・ショックによって働き方のパラダイムシフトが起こっている」と指摘する。
同社が5月に年商1000億円超の国内大手企業のCIO(最高情報責任者)に調査を行い、69社から回答を得た結果を見ると、ITを活用したビジネスモデルの見直しや新規事業の検討の必要性の変化について、「必要性が大きく高まった」、または「必要性が高まった」と回答した企業が88.4%に達した。優先度を上げる施策では、ペーパーレス化やリモートワーク化、採用のデジタル化といった「働き方改革」に向けた取り組みが上位を占める。また、オンライン営業ツールなどの「非対面営業の強化」や、ネット通販・モバイルアプリなどの「販売チャネルのデジタル化」といった顧客接点分野の優先度も高い。
商魂たくましく提案活動を展開
富士ソフトは、“在宅勤務”をキーワードとしたユーザー企業の経営者向けのオンラインセミナーを5月28日に開催。「緊急回避的な対応から始まった在宅勤務だが、それが恒常的な働き方になる可能性がある」(坂下智保社長)と指摘し、同社が持つ関連商材の提案活動を本格化させている。恒常的な在宅勤務の体制を導入するにあたり、コストとリターンが釣り合うためにはどうすればいいのかなど、経営者が気にする投資対効果を中心に解説した。
富士ソフト 坂下智保 社長
具体的には、従業員の自宅と業務システムを安全に結ぶネットワークの構築や端末類の貸し出しが、追加的な費用として発生する一方で、従来の賃貸オフィス面積の縮小や光熱費の低減、通勤定期券や外勤社員の直行直帰による移動費の削減などのコスト圧縮効果が見込める。もちろん事業継続や災害復旧の対策を強化できるほか、子育て世代を中心に優秀な若手人材のロイヤリティ向上の効果が期待できるとしている(図参照)。
業界に先駆けて17年からビデオ会議サービス「Zoom」の国内販売を手がけてきたNECネッツエスアイは、今年3月のZoomを含むテレワーク関連の受注額が前の月に比べて6倍に増えた。4月の受注額も前月比で倍増しており、これまで同社と接点があまりなかった文教市場からの引き合いも多く含まれている。「これを機にテレワーク関連のビジネス拡大を加速させていく」(牛島祐之社長)と意気込む。
NECネッツエスアイ 牛島祐之 社長
さらに、契約書類の電子化、ペーパーレス化、デジタル技術を駆使した新人教育、非対面営業の強化に取り組む。都心部とは反対方向に通勤する位置で、託児所も利用しやすい環境のサテライトオフィスの活用にも力を入れる。本社オフィス、在宅勤務、サテライトオフィスを複合的にネットワークで結ぶ“分散ワーク”の実現など、ITが活躍する場面が数多く想定される。
コロナ・ショックでプロジェクトの延期・縮小によるマイナス要素と、働き方改革関連のプラス要素を比較すると、「今年度はまだマイナス要素のほうが大きい」と、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の菊地哲社長は見るが、プラス要素を最大化することで、どこまでマイナス幅を補うことができるかが、今年度業績を左右すると言えそうだ。
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