データ流通の阻害要因を取り除く
プラットフォームづくりに商機あり
経済活動を通じて日々さまざまなデータが生成されているが、そのデータを活用して価値を生み出すには、標準化されたプラットフォームの構築が不可欠である。日々発生する生のデータを扱うだけに、ITベンダーとユーザー企業の関係は、従来の受注者、発注者の関係から一段と踏み込んで、リスクとリターンを共有する「共創」の関係により近づく。データを活用したビジネスプラットフォームが軌道に乗った暁には、そのエコシステムをユーザー企業の持つサプライチェーンや隣接業種に広げていくことで、規模の拡大やサブスクリプション方式の安定的な収益モデルの確立などが期待できる。
キヤノンITソリューションズとサッポログループ
データ活用の基盤を徹底的に標準化
キヤノンITソリューションズ(キヤノンITS)とサッポログループは、データ標準化基盤の構築に取り組んでいる。商品を運搬するトラック車両数の平準化に主眼を置いたものだ。需要には波があるため、曜日によって調達しなければならないトラックの車両数にバラツキが出てしまう。配送量が少ない日はトラックが余り、そうでないと平均より多くのトラックを確保しなければならない。就労人口が減少するなか「運転手の確保がままならなくなっている」(サッポロホールディングスの松崎栄治・ロジスティクス部長)と切実な課題に直面していた(図参照)。
過去を振り返れば、主力のビールを中心とした需要予測システムによって生産計画や供給計画が立てられていた。「生産者起点」の見方をすれば、生産量の変化による運送量の変化は、運送会社側が吸収する必要がある。これを「運送者起点」で捉え、生産量のコントロールによって運送量を平準化できれば、運送会社の負担は大きく減る。運送会社から見て、サッポログループの仕事を引き受けたほうが運送計画が立てやすいとなれば、サッポログループ側も、人手不足のなかでも運送に必要な外部リソースを確保しやすくなり、ライバル他社に比べて優位に立てる可能性が高まる。
サッポロビールやポッカサッポロフード&ビバレッジ、サッポログループ物流といったサッポログループ内のバリューチェーン最適化のみならず、「協力関係にある運送会社までを含めたサプライチェーン全体の最適化を行う」(サッポロホールディングスの井上剛・ロジスティクス部グループリーダー)のが、今回のプロジェクトの目的となっている。サッポログループの複数社にまたがり、かつ酒類・飲料・食品という需要特性の異なる複数の商品のデータを、標準化された共通プラットフォーム上で可視化する。
これまでは、共通のデータ分析プラットフォームがなかったため、それぞれの会社が、需要予測から生産計画、供給補充、配送物流といったそれぞれの部門ごとに最適化を行っていた。これからは各部門の担当者が、自分の業務の上流に位置する部門、下流に位置する部門、そのさらに先までデータ活用の効果が見えるようになる。「データ分析によって部門単位の『正しい答え』を得られたとしても、サプライチェーン全体で見れば必ずしも『最良の答え』とは限らない」(キヤノンITSの村松昇・上席執行役員SIサービス事業統括副担当)。
データ活用のプラットフォームを標準化、共通化することで、生産からトラック車両調達の平準化に至るサプライチェーン全体の最適化を図ることができるとともに、将来の配送拠点の変化やグループ再編、M&A(企業の合併と買収)といった「業容拡大に対応する拡張性も大幅に高めることが可能になる」(キヤノンITSの西山久美・東日本営業本部営業一部担当部長)と期待を寄せる。
左からキヤノンITSの西山久美担当部長、村松昇上席執行役員、
サッポロホールディングスの松崎栄治部長、井上剛グループリーダー
富士通とジェーシービー(JCB)
IDの信用度を紐づけた基盤を構築
富士通とジェーシービー(JCB)は、「決済連携プラットフォーム」の構築に向けて協業している。世の中を見渡すと、JCBが手がけるクレジットカード決済、近年急速に普及が進んだスマートフォン決済、小売店が独自に発行するポイントカードなど、決済を起点とした多種多様なデータ活用の手法があふれている。富士通とJCBは、これら分散している決済関連データを相互に流通させるプラットフォームづくりを通じて、これまでにない規模のメリットや利便性、価値を創り出すことを目指す。
現状を見ると、データが散逸した状態で、利用者と事業者の双方にとって「従来以上の価値を生み出しづらい状況にあるのではないか」と、JCBの間下公照・イノベーション統括部次長は問題点を指摘する。長年、決済ビジネスを手がけてきたJCBでは、決済関連データから得られる価値を熟知しているのと同時に、現状のままではその価値が限定されかねない状況に危惧を抱く。
例えば、決済サービスのメリットの一つであるポイント還元が、使った決済サービスの範囲内に制限されているケースが多い。クレジットカードを例に挙げると、提携先のカードやサービスのポイントと交換するサービスはあるものの、申請手続きから実際に交換されるまでに時間がかかかるといった制約が多い。今回、富士通とJCBが考える決済連携プラットフォームは、ポイントなどの価値を「その場で手軽に交換できる仕組み」(富士通の花森利弥・デジタルウェア開発統括部第一開発部シニアマネージャー)を想定している。
技術的には、ブロックチェーン技術をベースに富士通グループが独自に開発した「IDYX(アイデンティティー・エクスチェンジ)」を応用する。利用者が取引を行った際に、取引相手と相互に行う評価と、過去の取引実績などから取引相手と本人情報の信用度と詐称リスクを分析する。お互いに信用に足るだけのスコアがあれば、「事前の申請や煩わしい手続きなしに、その場で価値を交換できる」(富士通のデジタルウェア開発統括部第一開発部の竹之下誠氏)。これが決済を起点とした情報流通プラットフォームの役割を果たす(図参照)。
スマートフォンのウォレット(電子財布)には、カードや電子マネーを複数入れられるが、これを従来の「財布」を電子化したものと捉えると、財布以上の価値は得られない。デジタル化されたウォレットには理論上、何百枚、何千枚のカードが入れられる。例えば、そのカード一枚一枚を与信枠を「信用情報」と捉え、IDYXプラットフォームで束ねていくことで、その人の信用度を証明するツールとして機能し始める。商品やサービスの購買、有料施設の利用を通じたポイントやキャッシュバックなどのメリットも事業者の枠を超えつつ、かつ与信の範囲内で享受できる。
左から富士通の竹之下誠氏、JCBの間下公照次長、富士通の花森利弥シニアマネージャー
サービスロボット実用化
オープンな基盤構築がカギを握る
「データ流通のプラットフォームづくり」は、サービスロボットの分野でも活発化している。サービスロボットとは、清掃や警備、運搬などのうち単純作業の部分をロボットに担わせるもの。家庭用の掃除ロボットの企業版をイメージすると分かりやすい。ただ、企業の事業所で使うとなると、複数台・複数機種のロボットでデータを共有し、運用者が統合的に管理できる必要がある。そのためのプラットフォームのニーズが生まれているのだ。
ソフト開発のブレインズテクノロジーは、竹中工務店のサービスロボット基盤の構築プロジェクトに参加している(図参照)。ビルなどの建設現場で使うBIM(ビルディング情報モデリング)データを応用して、清掃や警備、運搬といったサービスロボットを動かす。BIMは三次元の建物モデルに、設計や施工、維持管理まであらゆる工程のデータを入れることができる。いわばコンピューター上の仮想空間で建物のライフサイクルを丸ごと再現したモデリング技術だ。
ブレインズテクノロジーでは、BIMデータをもとにした建物のモデルを、Amazon Web Services(AWS)が提供するロボットエンジニアリングサービス「RoboMaker」上に展開。この仮想空間上でサービスロボットに求められる動作をシミュレーションし、ブレインズテクノロジーが開発した機械学習ソフトに学ばせる手法を開発した。「全国の建築現場にいるロボットに、ネット経由で学習済みソフトをダウンロードすることで、現場で煩わしい学習作業を行わずに済む」(榎並利晃・取締役)のが特徴だ。
ブレインズテクノロジーの中澤宣貴取締役(右)と榎並利晃取締役
ポイントは「学習の場を汎用性の高いパブリッククラウド上に移したこと」(中澤宣貴・取締役工場長)である。従来の産業用ロボットはプロプライエタリのアーキテクチャーが多くを占め、近年のサービスロボットはオープンソースのロボット用フレームワーク「Robot Operating System(ROS、ロス)」に対応するなど、オープン環境に対応している。オープン環境であれば、AI(人工知能)や機械学習に強みを持つブレインズテクノロジーの技術を応用できるので、同社が大手ゼネコンのプロジェクトに参画することが可能になった。
サービスロボットを巡るオープン環境への移行は、SIerのTISも早くから着目している。ロボットのハードウェアメーカーでなくても、システム構築を本業とするTISでも強みを十分に生かせるからだ。TISでは、スマートシティやIoT基盤として活用されているOSSベースの「FIWARE(ファイウェア)」の技術などを応用し、「ロボットとIoTデバイス、各種センサーの統合管理と、企業の業務システムとを連携させて、より実用的なサービスロボットの実現」(TISの松田一彦・AI&ロボティクスサービス部シニアプロデューサー)を進めている。
TISの松田一彦シニアプロデューサー(右)と鈴木理恵上級主任
TISでは、サービスロボットを広く社会に実装できるプラットフォームとして「RoboticBase(ロボティックベース)」を開発。このプラットフォーム上では、例えば作業員の作業工程と連動させて清掃や警備を行うといった「人とロボットを協調させながら業務を行う」(TISの鈴木理恵・AI&ロボティクスサービス部上級主任)ことが可能になる。
今後は、さまざまなセンサーや業務システムを統合していくことで、より多くのサービスロボットを動員した業務をこなすプラットフォームとして機能させていく方針だ。