都市伝説 2
導入費用は億円を超える
Watsonの導入費用は高い。これはイエスでもノーでもある。まずはイエスのケース。「個別開発は、一般的なシステム開発と同様、費用は高くなる。とくにコンサルティングからとなれば、億を超えることもあるのではないか」と、ジェナの手塚康夫・代表取締役社長は語る。ただし、パッケージ製品であれば、Watson APIの利用は従量課金であり、各社が提供しているサービスや製品の費用は、月額100万円以内というのがほとんど。例えばジェナのチャットボットサービス「hitTO」は、月額費用が50万円となっている。
ジェナの手塚康夫・代表取締役社長(写真右)と五十嵐智博・執行役員コンサルティング事業部マネージャー。
同社のチャットボットソリューション「hitTO(ヒット)」は、セールス開始から約3か月で導入実績が10件を超えた。
検討中の案件が200件を超えているという。8月には販売パートナーの募集を開始する予定
Watsonを採用したコミュニケーションロボットを提供しているタケロボの竹内清明・代表取締役社長も、「導入を検討している企業から、Watsonは高いのではと聞かれるが、そのイメージを払拭したい。Watsonの導入費用は決して高くない」と語る。ただ、訓練データの作成費用については、高くなるケースもあるという。タケロボでは、アウトソーシングをするなどして、訓練データの作成費用を抑えている。
タケロボの竹内清明・代表取締役社長。
同社はコミュニケーションロボットでWatsonを採用。
入力マイクを工夫してノイズを減らし、音声認識の精度を上げることに成功。
ホテルや金融機関、商業施設などで採用されている
IBMの林部長は、「極端なことを言うと、ユーザー企業が自身でWatsonを調達できる。訓練データも、ユーザー企業が作成してもいい。Watson APIは使いやすく、ユーザー企業でもすぐにキャッチアップできる」と説明。Watsonを利用するという意味では高額な費用を必要としないが、どのようにシステムを開発するかによって、大きく変わるというわけだ。
AI導入を必須と考える経営者は9割以上
アバナードの調査
クラウドファーストに象徴されるように、以前はクラウドの採用を重視する経営者が多かった。現在では、適材適所に落ち着きつつあるが、今度はAIへと、経営者の視点が変わってきた。
「日本企業の経営者は、9割以上がAI導入を必須だと考えている」。アバナードが、2017年5月が6月にグローバルで実施した調査結果である。質問は「各業界でトップになるためには、5年以内にインテリジェント・オートメーション(AI活用による自動化)を導入しなければならない」。日本企業のビジネスリーダー800名は、23%が「強く同意」、70%が「少し同意」と回答している。時代は、“AIファースト”へ。経営層の期待に、どう応えるべきか。IT業界が担う役割は過去最大級の大きさといえよう。
都市伝説 3
効果が出ないため契約解除
「Watsonを導入したが、期待した効果が出ないため、解約した」。Watsonにそのようなうわさがある。これに対し、アイアクトの西原取締役は「導入した企業が解約するケースは、今のところない」とうわさを否定する。Watsonの普及は、まだ動き始めたばかり。解約を判断するには、まだ早すぎる。
IBMの林部長も「これまで解約は1件もない」と断言する。ただし、「Watsonに対する期待は大きい。できること、できないことをしっかり説明しないと、“これしかできないのか”と思われる可能性がある。導入後に問題が起きないように、意識あわせが重要となる」としている。とくにクイズ番組で勝利したWatsonのイメージから、なんでも答えてくれると思うと、がっかりする可能性もある。
都市伝説 4
音声認識の精度が悪い
音声認識はノイズに弱い。Watsonの音声認識サービスも、同様だという。そのため、タケロボのコミュニケーションロボットでは、ノイズを拾いにくいマイクを採用し、音声認識の精度を上げている。「Watsonの採用はチャット系のサービスで多く、音声の会話で使われることは少ない。原因は、音声認識の精度。マイクのノイズに弱い。当社では、マイクのノイズを減らすのと、文章のままではなく、短く区切って次の処理に渡すようにしている」と、竹内社長は工夫が必要だと語る。ちなみに、タケロボには、ショッピングモールやホテルなどの一般客と会話する、Watson搭載のロボットを日本で初めて提供した実績がある。
株主総会支援システムの音声認識でWatsonを採用したウィルウェイの岩政事業部長によると、「Watsonの音声認識は、固有名詞に弱い。そこはしっかり学習させる必要がある」という。ただし、そこをクリアできれば、「自然言語処理は強い。質問者の意図をくみ取るような処理は、本当に向いている」と実感している。
都市伝説 5
儲かっているのはIBMのみ
「儲かっているのはIBMのみ」について、ジェナの五十嵐智博・執行役員コンサルティング事業部マネージャーは完全否定する。「企業向けのチャットボットサービスのhitTOは、リリースから3か月程度で二桁の導入実績となった。検討中となっている案件も、200を超える。これほどの反応は、経験がない」。ジェナの手塚社長も、「Watsonはしっかりパッケージングすれば、マネタイズのチャンスが大きい。Watsonは使いやすく、成果が出やすい。とくに企業向けのチャットボットは、ニーズが大きい。当社の収益に確実に貢献している」と語る。
hitTOは、企業内の問い合わせ対応に使われることが多いという。不特定多数の一般顧客を対象とするチャットボットも多いが、最近では企業内の問い合わせ対応で、システム部門や管理部門が導入するというのはトレンドになっている。
Watsonの導入セミナーを開催しているアイアクトの西原取締役は、「セミナーの申し込みは、常に定員オーバーで、Watsonに対する関心の高さを感じる。Watsonの営業は、2月から開始して、実績は7件で、20件以上の引き合いがきている。ビジネスとしての期待は大きい」と語る。
「儲かっているのはIBMのみ」のうわさは、パートナー企業の多くが、Watsonのビジネスに取り組み始めたばかりで、これからという側面が大きいと思われる。
なぜWatsonを採用するのか
昨今のAIブームで、ユーザー企業の経営層の意識がAIに向いている。経営層の「何かしたい」に対し、ブランド力のあるWatsonが有力候補となる。Watsonは、当初から病院で膨大な医療データを活用するというケースが想定されていた。企業では、分析ツールで十分との声もあった。ところが、ビッグデータを扱いやすい環境が整ってきたことと、WatsonがAPIで提供されたことから、企業でも導入が検討されるようになった。
Watsonの強みは自然言語処理にあり、チャットや会話で応用しやすい。パートナーの多くが、そこに着目しているのは、自然の流れといえよう。
とはいえ、世の中には同様の自然言語処理サービスがある。なぜ、Watsonなのか。
「Watsonはビジネス分野での活用に実績がある。思ったよりも日本語を覚えていないと思うこともあるが、他社のサービスと比較したら、ダントツで精度が高い」と、ジェナの五十嵐執行役員は評価している。また、「Watsonはドアノックツールとしても、効果的」と、アイアクトの西原取締役はブランド力を評価している。ウィルウェイの岩政事業部長は、「JavaScriptで組むことができて、URLにワードをつけて渡せば、答えを返してくれる」など、扱いやすさを評価する。操作画面や操作方法などにおけるWatsonの扱いやすさについては、各社共通の評価である。
現時点では、チャットや会話で使用されることが多いWatson。扱いやすさゆえ、多様なサービスが出てくる可能性もありそうだが、需要と供給の現在地は、自然言語処理との相性がいいチャットや会話にあるといえそうだ。