DevOpsやCI/CDにもPaaS 開発に加え、運用工数も削減
PaaSを効果的に活用できる領域として、開発サイクルの早いSoEがある。その特性をさらに生かすとして、DevOpsやCI/CDといった開発や運用の手法にも注目が集まりつつある。
●FinTechとPaaSで連携
カード決済システムの構築で国内有数の実績を誇るTISは、決済サービスにおいてPaaSを積極的に活用している。同社が想定している“ファストIT”は、銀行やカード会社と連動するFinTech系サービスである。
例えば、デビットカードを使うとリアルタイムで手持ちのスマートフォンのメッセンジャーアプリに「今、○○店で購入した○○が○○円で決済されました」などとメッセージが送られてくる。ユーザーは正しい金額で決済されたかどうか、不正に使われていないかをその場で確認できる。もし不正があれば、そのメッセージに返信してカード会社に通知。チャットでサポートセンター担当者からの支援を受けられるサービスも構築可能だ。
メッセンジャーアプリ会社や連携サービスを提供しているFinTech会社は、ビッグデータやAI(人工知能)でリアルタイムにユーザーの購買動向を分析することで、マーケティングの精度を高めることができる。
ほかにも、留学や進学した子どもへの仕送りに、このデビットカードのリアルタイム通知APIを使えば、子どもが何にお金を使ったのかを詳細に把握。その応用で公的扶助を受けている人が、賭博などの不適切な用途に使用した時点で自治体にアラートをあげるといった仕組みも想定される。
●APIで創出する新サービス
ここで課題となるのが、「APIの管理をどうするのか」であると、TISの舘康二・ペイメントソリューション企画部長は話す。SoE領域における“API”は、単にアプリケーション同士の連携を指すのではなく、FinTechならFinTechの“サービス”そのものを指すケースが増えている。例にあげたリアルタイム通知も、そのためのAPIを構築して初めて実現できるサービスであり、「どんなAPIをつくるかで、実現できるサービスが決まる」(TISの林靖彦・ペイメントソリューション企画部副部長)。
左からTISの林靖彦副部長、舘康二部長、石田和也氏
APIによってさまざまな新サービスを提供できるが、銀行を始めとする巨大な基幹系システム(SoR)を運用している大手企業からは、実際問題として斬新なサービスを打ち出すことは難しい。そこで「奇抜なアイデアをもつスタートアップ企業と連携する」(TISペイメントソリューション企画部の石田和也氏)ことで、新しいビジネスを創出することも、SoEの領域である。
アイデア勝負、スピード勝負の特性を持つSoE領域は、必然的に開発サイクルは短く、いわゆる「毎週リリースする」状態に近くなる。APIもそれに伴って高い頻度で更改しなければ新しいサービスはつくれない。基幹系がスローITで、APIを含むSoE領域がファストITと呼ばれる由縁である。そして、ファストITを支えるのが、PaaS環境というわけだ。
TISでは、Pivotal Cloud Foundryをベースに、カード決済に耐えうる高度なセキュリティ基準であるPCI DSSに準拠したAPI管理システムを構築。さらにTISが独自に開発してきた決済アプリケーション/サービス群「PAYCIERGE(ペイシェルジュ)」を組み合わせてSoR/SoEに対応している。PAYCIERGEサービスの一つ「DebitCube+(デビットキューブプラス)」は、稼働予定も含めてすでに10銀行余りから受注するとともに、カード決済とFinTechサービスとのAPI連携ビジネスも「一段と勢いを増している」と、TISの舘部長は手応えを感じている。
●自動化範囲が広い開発手法
SoE領域は「毎週リリース」のような短い開発サイクルで、すばやく斬新なサービスの提供を必要とされるケースが多い。このサイクルを支える基盤として適しているのがPaaSであるわけだか、実際に開発するとなると「開発手法そのものの変革が避けて通れない」と、NECの高市裕子・ソフトウェアエンジニアリング本部マネージャーは話す。そのキーワードとなるのが開発と運用を連携させる「DevOps(デブオプス)」と、継続的に構築し、デリバリーする「CI/CD」だ。
左からNECの高市裕子マネージャー、橋本良太シニアエキスパート、
木戸真貴子シニアマネージャー、飯島賢二シニアエキスパート
具体的には「CI/CDを包含したDevOps実現システム」(NECの橋本良太シニアエキスパート)を独自に開発し、NECグループの事業部門で共通に使える状態にしている。PaaS基盤はNECの場合、OpenShiftをメインに採用している。
図3で示したとおり、統合開発ツールで開発(Dev)し、自動ビルド・自動テストのCIに受け渡し、自動デリバリー・自動デプロイのCDで稼働させる。そして運用(Ops)で気づいた点や課題を開発(Dev)にフィードバックするサイクルを高速で回していく。
ポイントは「スピードと品質を両立させるため、できる限り自動化の範囲を広げていく」(NECの木戸真貴子シニアマネージャー)こと。手作業の部分が多いとミスを誘発しやすくなるため、自動化の範囲を広げて、なおかつソフトウェアのモジュール(粒度)もできるだけ小さくコンテナ化し、手直ししても全体に影響が及ばないよう工夫している。つまり、サービスが継続する限り、手直しし続けることを前提にしているのが、DevOpsとCI/CDを組み合わせた開発手法だと言える。
実行環境があらかじめ用意されているPaaSを活用することで、開発や運用工数は削減される。しかし、それくらい工数を削減していかないと「毎週リリースのような超高速な開発サイクルを回すことはできない」(NECの飯島賢二シニアエキスパート)と、PaaSやDevOps、CI/CDのSoE領域に適した手法を積極的に活用していかなければ、開発サイクルを安定的に高速化することは現実的ではないという。
●●SIerと顧客の関係が変わる
日本IBMは業界に先駆けて自社のPaaS基盤であるBluemix上において、DevOpsやCI/CDの開発手法を提案してきた。日本IBMの平山毅・クラウド事業統括コンサルティング・アーキテクトは、「SIerと顧客の関係が変わるよいきっかけにすべき」と話す。
日本IBMの平山毅コンサルティング・アーキテクト(左)、樽澤広亨部長
長らく続いてきたオープン環境は、ハードウェアとソフトウェアを分けることでベンダーロックインをなくし、ベンダー同士の競争環境をつくってきた。この結果、ハードを中心とするITインフラの運用と、アプリケーションの運用が分断され、DevOpsのような開発と運用の一体化が難しい状況となっている。だが、少なくともSoE領域におけるPaaS活用が進んでくると、ハードを意識する必要がなくなり、SIerもユーザーもソフトやサービスの開発と運用に集中できるようになる。
また、APIで外部サービスとの連携が増えれば増えるほどトラフィック(システム負荷)の予測は難しくなるが、PaaS環境であれば、トラフィックが急増しても自動でITリソースを追加するオートスケール機能が実装されているため、ITインフラの運用をほぼ自動化することが可能になる。ここでポイントとなるのは、従来のウォーターフォール型の開発のように、開発が終了すればプロジェクトが解散してメンバーが散り散りになるのではなく、「顧客とずっと、開発と運用を回し続ける」(日本IBMの樽澤広亨・第二クラウド・テクニカル・セールス部長)体制になることだ。
SoE領域は、開発案件一つひとつの規模は小さくても、毎週のようにリリースしていく数の多さによって、SIerには、トータルでみればまとまった売り上げが期待できるようになる。「最初のきっかけをうまく掴めば、Bluemix上でSoE案件をうまく回せるようになるはず」(樽澤部長)と、PaaSをテコにDevOpsやCI/CDの開発手法をうまく取り込み、SoE領域でビジネスを伸ばしてほしいと話している。
SoEはSoRあってこその存在 自動化されても仕事は増える
NTTデータ
東山靖弘部長
PaaSの活用によって、SIerやITベンダーの開発や運用にかかる工数は大幅に削減される。開発や運用の自動化も進み、システム負荷の増減に合わせてITインフラのリソースも自動で調整される。「サーバー○台追加!」とやっていた時代から考えれば、サーバーという概念そのものがなくなる“サーバーレス”の時代に突入したことになる。しかし、今回の取材でSIerの幹部らは、「PaaSは決して安くつかない」し、開発や運用が自動化されても「仕事量は減るどころかむしろ増える」と異口同音に話す。
NTTデータの東山靖弘・第一テレコム事業部第二統括部第三開発担当部長は、「プロジェクトをまとめる立場からすれば、ITインフラを構築する要員を集めなくて済むし、ハードを購入しなくてもいいので、単純に2~3割の費用を削減できる」という。だが、PaaSは継続課金方式であるため、長く使えば使うほどコストはかかるし、SoE特有の開発サイクルの早さを考えると、SIerの仕事は確実に増える。
もうひとつ、SoEはSoRがあってこその存在であり、SoRであれば従来通りウォーターフォール型の開発のほうが確実であるし、オンプレミスまたはIaaS上に構築したほうが、コスト的にも安くなる可能性は高い。SIerやITベンダーがビジネスを伸ばすには、これまで通りSoRのビジネスを手堅くこなしつつ、PaaS活用でSoE領域のビジネスをしっかり上乗せしていくことが求められる。