●SIer事業モデルの転換相次ぐ インターネット企業が台頭し、新たなベンチャー企業も続々と誕生している中国IT市場。これまでシステム開発やITサービスを提供してきた古株のITベンダーも、従来型の一括請負ビジネスではなく、安定的に収益をあげられるクラウドなどのサービス型ビジネスに商機が大きいとみて、事業モデルの転換を図っている。
業務ソフト分野では、会計・ERP最大手の用友が、昨年に社名を「用友軟件」から「用友網絡科技」へと変更し、インターネット企業へと変貌を遂げるという意思表明を果たした。競合の金蝶国際軟件も、モバイルオフィスソフト「雲之家」や、Amazon Web Servicesとの提携などを通じて、サービス型ビジネスに力を注いでいる。SI・ディストリビュータでは、今年3月、神州数碼控股(デジタルチャイナホールディングス)が、将来性が見込めないとして、売上高の約8割を占めていたディストリビューション事業子会社を売却する大規模な事業改革を実施。クラウド・ビッグデータ・モバイルなどのインターネット関連サービスを専業とするIT企業への転換を図った。

新致雲
徐一旻
執行総裁 上海のシステム開発大手、新致軟件(ニュータッチ)グループも、従来の一括請負型のシステム開発事業から、クラウドやビッグデータなどのITサービス事業への転換に注力している1社だ。同社は15年、関連会社としてクラウドを専業とする上海全端網絡科技(新致雲)を設立。現在、約150人の従業員を抱え、「新致クラウド」のブランド名で、独自のクラウド基盤をベースにIaaS/PaaS/SaaSの各種サービスを展開している。
新致クラウドの提供形態は、パブリックだけでなく、ユーザーのニーズに応じたプライベート/ハイブリッド型での導入に対応。ニュータッチグループが1994年以来蓄積してきた経験・ノウハウをベースとして、クラウド導入のコンサルティングから構築、その後の運用までをトータルで支援している。すでに同社は、クラウド事業の本格展開にあたって数千万元の投資をかけてきたが、今後は資金調達を行い、さらに1億元程度の追加投資を行う予定だ。新致クラウドのDC基盤は、中国聯通と中国電信との連携のもと、現在は北京・上海・大連の3か所に設置しているが、16年内には、重慶と貴陽の市政府と手を組んで、さらに2か所のDCを開設する計画で、徐一旻・執行総裁は、「サーバー収容台数は2万台~5万台を検討している」と構想を話す。
ただし、中国クラウド市場は、アリババグループの「阿里雲(Alibaba Cloud)」を筆頭に、市場競争が激化している。そこで、新致雲では、他社との差異化要因として、特定の業種・業態のユーザーに対しては、独自の収益モデルを展開する構想を立てている。例えば、保険業だ。中国では近年、インターネット保険会社が急増しているが、新たに設立される保険会社に対して、新致クラウドをベースとしたインターネットサービス基盤を無償・安価で提供し、導入先企業が顧客を獲得した際に、売上高の一部をもらう。また、医療分野では、新致クラウド上に複数の医療機関を連携させた仮想的なインターネット病院を設けて患者が効率的に受診を行えるプラットフォームを構築し、受診料の一部から収益を得る仕組みを検討中。徐・執行総裁は「これまでのビジネスは、システムをつくって収益を得るモデルだった。これからは、ITリソースを売るのではなく、お客様が儲かったら、そのなかから一部をもらう仕組みのビジネスを進める」と説明する。
さらに、新致クラウドでは、開発者向けクラウドを展開。これは、IT業界向けに、クラウド上のシステム開発環境を提供するもので、ユーザーはシステム調達の手間を省けるほか、発注元と委託先とが共同で利用できるため、開発期間の短期化につなげられる。新致雲では、これと並行して、システム開発のクラウドソーシングサイトを16年内に開設し、案件の成立からその後の開発までを一貫して支援するプラットフォームへと発展させる計画だ。徐・執行総裁は、「すでに開発者向けクラウドには3万ユーザーが登録しており、年内にはこれを10万に増やしたい」と話す。
このほか、新致雲では、日本や米国に研究開発(R&D)拠点の設置を検討。新致クラウド上で他社のソフトウェアをサービス提供するなど、海外のITベンダーとの協業にも意欲を示している。同社は今年度(16年12月期)売上高5000万元を見込んでおり、徐・執行総裁は、「うまくいけば、来年度はさらに倍のペースで事業を拡大したい」と意欲を示している。
記者の眼
巨大な中国IT市場は、さらなる発展を遂げようとしている。前述の通り、日系ITベンダーにとっては困難が伴う市場だが、その動向を冷静に分析すれば、逆境を克服するため打開策もみえてくる。
例えば、大手グローバルITベンダーでは、このところ中国の地場IT企業との戦略提携が活発だ。この1年間だけでも、合弁会社を発足させた。外資ベンダーが地場ベンダーと手を組む背景には、合弁会社を通すことで、中国政府の安全基準を満たす製品を提供する狙いがある。
一方の地場ベンダー側には、政府方針に則って次世代情報技術に力を注ぎたいという思いがありつつも、実際には技術力が不足しているがゆえに、高品質な製品・サービスを提供するには外資系ベンダーの手を借りざるを得ないという事情があるものと考えられる。
つまり、外資系企業にとってWin-Winの関係になり得る地場ベンダーは、相当数存在するのだ。
自社の強みを再認識し、補完関係を構築できるパートナーを探すことは、地場市場攻略のカギとなることは間違いなさそうだ。