2011年3月11日に起きた「東日本大震災」は、宮城県の情報サービス産業を大きく変えた。東北電力をはじめとする受託ソフトウェア案件が激減。各社にソフト開発の技術者が余り、生き残りを賭けて、この頃ブームになり始めたクラウドやスマートデバイスなど新しい技術を使ったシステムが生まれた。最近では、ITを使って地域貢献する動きが目立つ。とくに、農業や漁業など一次産業やIT導入に消極的な産業に、地域のITベンダーだからこそできる安価で手軽なITの提供が始まった。若いIT人材も育ち、スタートアップが続々登場している。(取材・文/谷畑良胤)

仙台市内の上空からは、震災の爪痕は見えない
(トライポッドワークス提供:ドローンを使って空撮) ●電力小売の自由化で受託増 県内最大のIT業界団体、宮城県情報サービス産業協会(MISA)によれば、各社の収益構造は平均して改善している。震災前、資本金1億円未満のITベンダー(全県で約500社)は9割に達していた。今は7割までに減り、各社の業績が伸びていることを裏づける。要因は、震災後に新規案件を凍結した東北電力が、電力小売の自由化などを受け、徐々に財布の口を開け県内に仕事をもたらしていることだ。ただ、東北電力の案件も、全盛期ほどでなく、震災後はより首都圏一極集中化が高まり、「首都圏の案件を取らなければならなくなった」(MISAの穴沢芳郎・常務理事事務局長)という。
県内のITベンダーの売り上げは、44.5%(MISA調べ)が同業他社からの受託ソフト開発案件による下請けで稼いでいる。全売上高に占める下請け案件の比率は、減りつつあるようだが、下請けは依然として、ほとんどのITベンダーの「屋台骨」であることは間違いない。
MISAは、景気回復の影響で首都圏案件が増加傾向にあることから、昨年、「ニアショア事業」を開始した。より高度で高額な案件を獲得し、これをこなすことで、優秀な技術者を育てるというのがねらいだ。「首都圏の人月単価に比べ、8~9割の金額で請け負える」(穴沢事務局長)と、今後はみずほ銀行をはじめとする金融関係の案件を取り、金融業務の知識を身に付けようとしている。
●一次産業向けITが盛んに 下請け案件の絶対量が増加傾向にあるため、人手不足に陥り、新規で事業化を目指していたことを凍結する動きもあるようだ。MISAは宮城県の委託を受け、「ICT技術者UIJターン等促進事業」を開始した。
若手のIT人材の指導をするテセラクトの小泉勝志郎社長によれば、「震災後に仕事がなくなり、フリーランスの技術者や若手が首都圏へ移住した」と人材流出があったという。いまも、仕事のある首都圏へ行ったきりになっている人が多い。同事業の効果のほどは未知数だが、これで人材が戻れば、下請けに安住するITベンダーも、新規事業に取り組むことが可能になるといえる。とはいえ、震災が仙台市内のITベンダーの意識を変えたことは事実だ。最近顕著なのは、農業や漁業など一次産業、ゼネコン以外の土木・建築、介護などの福祉といった、これまでITを享受してこなかった中小企業に対する支援を強化していることだ。
農商工連携に震災前から取り組んでいたトレックは、大規模でない中小で家族経営する農業法人(株式会社)に対し、クラウドやセンサデバイスなどを活用した生産性を高めるシステムの検討を本格化している。
同社の柴崎健一・専務取締役は「大手総合ITベンダーも、農業ITに積極的だ。ただ、システムの価格が高額で中小農家は手が出せない。これを最新の技術で安価に提供できないか」と、事業化に向けて急ピッチで開発を進めている。
●IoTやAIはあたりまえに 仙台市内のITベンダーに聞くと、IoT(Internet of Things)や人工知能(AI)、クラウド、ビッグデータ分析といった言葉が頻繁に出てくる。セキュリティアプライアンス製品を全国で展開するトライポッドワークスは、ドローンと画像解析技術を使って、土木建築現場の工程管理や食物の生育状況を撮影してデータを解析するソリューションを展開中だ。佐々木賢一社長は「震災前から仕込んでいたことだ。土木や農業などのフィールドにいる人の感覚で仕組みをつくり、これを全国、世界へと展開する」と、計画は壮大だ。
自身が水産関連の商社に勤めていたことがあるアンデックスの三嶋順社長は「水産×IT」と題し、漁場の様子を海に浮かべたブイからデータを得て、沖に出ずに出漁時期や漁獲量などを判断するソリューションを実証実験中だ。使っているのは、センサやGPS、地図、クラウドなど、IoTを取り巻く技術の融合だ。「売上高の7割は受託ソフト開発だが、新しい事業で下請けの比率を下げたい」(三嶋社長)と、自社の変革に積極的だ。
東北電力の案件を受託する率が高いSRA東北では、「現在、開発人員が2割程度足りていない。開発の繁忙期や閑散期などを推察し、何とか人をやりくりしている」と、阿部嘉男社長は、新しい事業を推進するための人材の確保に苦労が絶えない。
震災から5年。下請け体質からの脱却は道半ばだが、若い世代が育ち、地域産業との異業種交流が増えた。徐々にではあるが、ITで地域活性化する道筋がみえてきている。
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