中国貴州省が、現地のIT関係者から注目を浴びている。日本人にとってはあまりなじみがなく、中国でも貧しいイメージが強い同省。しかし、実は近年、政府主導でビッグデータ産業の育成に力を注いでいるというのだ。貴州省のビッグデータ産業の戦略と現在の進捗状況について、現地を歩き探った。(取材・文/真鍋 武)

都市化が進む貴陽市内中心部 ●貧困地域から成長地域へ 中国貴州省ときいて、何をイメージするだろうか。おそらく、ピンとこない人が多いのではなかろうか。それもそのはず、日系企業はほとんど進出しておらず、日本人にとっては、あまりなじみがない地域だ。しかし、貴州省では今、ビッグデータ産業の取り組みが中国各地から注目されている。
貴州省は中国西南部に位置し、面積は17万6000km2、常住人口はおよそ3500万人を抱える。人口の3分の1は少数民族が占めており、ミャオ族や、プイ族、トン族、トゥチャ族、スイ族といった多様な民族が生活している。省内は自然環境に恵まれており、動植物や鉱物資源が豊富。観光地としては、少数民族村や安順市の黄果樹瀑布などが有名で、茘波県の中国南方カルストはユネスコ世界自然遺産にも登録されている。貴州省の特産品には白酒「茅台酒」があり、中国人なら必ず耳にしたことがある名酒としてブランドを確立している。
経済面では、貧しい省とのイメージが強い。内陸にあるために交通インフラなどの整備が遅れ、有力な産業が大きく成長しなかった。中国の主要都市と比べると、域内総生産(GRP)に占める第一次産業の割合が高い。2014年の1人あたりGDPは2万6416元で、全国31省のうち26位と下位につけている。月額最低賃金も3年前までは全国最下位だった。14年末までに同省に進出した外資系企業の数は1515社。このうち日系企業は10社程度しかないものとみられる。
しかし、この状況を打破するために、貴州省は近年では産業振興に力を注いでいる。中国国務院は12年に2号文献を公表し、貴州省の経済を大きく発展させることを指示した。省都の貴陽市では大規模な不動産建設ラッシュが続いており、14年1月には貴陽市と安順市にまたがるエリアが全国で8番目の国家級新区「貴安新区」として位置づけられた。交通面では、14年に省都の貴陽市と広州市を結ぶ高速鉄道が開通。中央高級企業の誘致も進めている。こうした取り組みもあって、14年のGRPは前年比10.8%増の9252億100万元と、中国で2番目に高い成長率を記録している。
●中国初のビッグデータ総合試験区へ 貴州省が今後の経済成長の要として、もっとも重要視しているのがビッグデータ産業だ。全国トップの先進モデル地域を目指している。15年には、中国で初めて「ビッグデータ総合試験区」として指定され、15年9月に国務院が公表した「ビッグデータ発展促進行動要綱」でも、同省の総合試験区を中心に発展させる指示が出されている。15年2月には李克強首相、6月には習近平国家主席が視察に訪れるなど、中央政府からの期待も高まっている。

貴州省
秦如培
常務副省長 貴州省がビッグデータ産業に力を注ぐ理由は何なのか。背景にあるのは、同省が抱える先天的な優位性だ。貴州省は海抜平均1080mの高所に位置し、年間平均気温は14.2度と涼しい。1年を通して温度差も少なく、気候に恵まれている。また、資源が豊富であり、石炭・水力・火力・太陽光パネルによる発電が盛んで、電気価格も安い。とくに、降水量が多いために水力発電が発達しており、水エネルギー資源埋蔵量は1874万5000kwで、中国国内で6位につけている。さらに、地盤が安定しており、マグニチュード4以上の地震がほとんどないなど、自然災害のリスクが小さい。つまり、ビッグデータ産業に重要な要素となるデータセンター(DC)拠点として、適切な環境を有しているのだ。そこで、通信キャリアやインターネット企業、データ分析などのIT企業を誘致して、省内にビッグデータを蓄積するとともに、共有・交換を促進して利活用につなげ、産業を振興しようというわけだ。
すでに貴州省は、誘致活動を精力的に展開している。15年5月には貴陽市でビッグデータの国際博覧会を開催した。主要都市での活動も行っており、同年11月には上海でビッグデータ産業の説明会を開催し、中国国内外からIT関係者約350人を集客した。同説明会の冒頭に登壇した秦如培・常務副省長は、「貴州省共産党委員会は、常にビッグデータ産業を第一の重大戦略に位置づける」と明言し、投資を呼びかけた。

中国3大通信キャリアがDCを建設中の貴安新区 ●着実に進む企業誘致 ビッグデータ関連企業の誘致は着々と進んでいる。大手IT企業のアリババやファーウェイ、浪潮集団やIBM、マイクロソフトなどはすでに貴州省に進出済みで、中国3大キャリアの中国移動電信、中国移動、中国聯通やフォックスコンなども大規模のDCを建設中だ。秦・常務副省長によると、「14年の貴州省ビッグデータ産業規模は、前年比で62.2%拡大した。15年1~9月の産業規模も前年同期比35.8%増の勢いで拡大している」という。将来は1000億元以上の産業規模、万人単位での雇用創出を目指している。
また、ビッグデータの応用も進んでいる。例えば、省政府が構築したデータ共有プラットフォーム「雲上貴州」だ。これは、政務・商務・工業・交通・旅行・食品安全・環境保護の7分野のデータを中心に蓄積した共有プラットフォームで、省政府が主導で構築したのは中国でも初の事例となる。政府はアリババなどの企業と連携し、同プラットフォームを活用したビッグデータ関連サービスを開発・提供している。例えば、貴州省の交通警察では、「雲上貴州」上にある交通データや監視カメラの映像データと業務プロセス管理システムを組み合わせて、適切な手順で迅速に取り締まりを行うことができる環境を構築した。これによって、15年の公安職員による規律違反を前年比で50%削減するなどの効果を得ている。こうしたビッグデータの活用が、省内では各分野で進められているのだ。
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