すべてのITは、人工知能(AI:Artificial Intelligence)へと向かう。クラウドも、ビッグデータも、IoT(Internet of Things)も。すべては、人工知能の前段に過ぎない。企業向けの人工知能、いわゆる「Enterprise AI」の普及は、情報システムのあり方、そしてシステム開発の現場を大きく変えていく。SIerから“AIer”へ。この先数年のトレンドが動き出した。(取材・文/畔上文昭)
●今はまだ4歳程度 
NEC
中村暢達
クラウドプラットフォーム事業部シニアエキスパート(工学博士) 三つ子の魂百まで(The leopard cannot change his spots.)。NECの中村暢達・クラウドプラットフォーム事業部シニアエキスパート(工学博士)によると、「現在の人工知能は人間であれば4歳程度」の知能をもっているという。諺にならうなら、変えようのない人格が人口知能の世界ではすでに形成されているのかもしれない。
4歳といえども、記憶力や計算スピードといったコンピュータが得意とする分野の能力は、もはや人間とは比較できないほど高い。円周率を何桁も覚えている人や、世界の国旗や都市名を覚えている天才少年など、記憶力自慢の人をテレビ番組でみかけなくなったのは、コンピュータの進化と無関係ではないだろう。ちなみに、五感でいうところの視覚と聴覚は人間に近づいていて、すでに多くのサービスで活用されている。
人工知能といえば「2045年問題」を避けて通ることはできない。人間の知能を人工知能が超えるという技術的特異点(シンギュラリティ)が、2045年とのことである。人工知能研究の世界的権威とされるレイモンド・カーツワイル氏が著書で発表して以降、何かと話題になっている。シンギュラリティ以降は、人工知能が自分で考えて行動するようになる。自分自身の機能を自分で改良することで、人間の手から完全に離れて進化していくかもしれない。2045年まで、残すところ約30年。人類はどう対処するのだろうか。
●人工知能か否か 
日本IBM
中野雅由
ワトソン事業部
マーケティング担当 それが本当に人工知能なのか──。人工知能かどうかの判断は簡単ではない。人工知能風のふるまいは、ソフトウェア次第でなんとでも対応できるからだ。例えば、スマートフォンなどで手軽に利用できる自動応答システムが、人工知能なのかどうかについて利用者で判断することはできない。サービスベンダーが人工知能だと主張しても、音声認識システムと検索システムを組み合わせただけかもしれないからだ。ただ、そこに学習機能が含まれていれば人工知能とするのが、一般的な認識になりつつある。
人工知能の代表格として取り上げられるのが、「IBM Watson」だ。ただ、IBMはWatsonを人工知能ではなく、“コグニティブコンピューティング”としている。「Watsonは、情報をリサーチして、学習し、人の判断の材料となる解を提案する。Watsonが考えるのではなく、考えるのは人間」だと、日本IBM ワトソン事業部マーケティング担当の中野雅由氏は、Watsonが人工知能ではなく、意思決定支援システムだと説明する。IBMが目指しているのは、人工知能ではないという。
なお、日本IBMは9月16日、コンピュータが生物のように学習する方法をIBM東京基礎研究所の研究員が実証したと発表した。Watsonとは別に、人工知能の研究が同社でも確実に進んでいる。
●人工知能を受け入れるムード 人工知能は現在、第三次人工知能ブームといわれるほど、これまでは希望と失望を繰り返してきた。今回のブームでは、ディープラーニング(深層学習)などの人工知能関連技術の進化、クラウドやビッグデータなどの人工知能を活用するための環境が整ったことが背景として挙げられる。
ただ、それだけではない。ロボットや自動運転車といった生活に密着した分野で、人工知能というワードが使われるようになったことも関係している。つまり、人口知能が身近になったのだ。人工知能機能をアピールしていなかった製品で「人工知能を活用した〇〇」と変更するケースが出てきているのは、人工知能機能が進化したというよりも、製品やサービスで人工知能をうたいやすくなったからとみるのが正解だろう。
ただし、そうした人工知能風の機能は、企業向け情報システムに大きなインパクトを与えることになる。面倒だった入力を簡単にしたり、必要な情報を簡単に提示したりというようなユーザー側のメリットだけでなく、システム開発の方法も変わってくる。SIerがAIerへと変わるのは、決して先の話ではなさそうだ。
NTTデータ、Enterprise AIに本腰
NTTデータは9月29日、幅広い業界・多様な業務に対する人工知能の適用ニーズに対応するための組織として、「AIソリューション推進室」を技術開発本部サービスイノベーションセンタ内に設置することを発表した。人工知能技術のスペシャリスト20人の体制で活動を開始し、順次体制を拡大していく。
AIソリューション推進室の主な役割は、次の四つ。一つは、人工知能応用の新サービス・システムの創出。二つ目は、NTTデータの各事業部と連携した人工知能応用ソリューションの企画と開発。三つ目は、人工知能に関する社外からの問い合わせの一元的窓口としての役割。四つ目は、人工知能に関する先進取組の情報発信である。
なお、人工知能関連のシステムおよびサービスの提供で、2018年(19年3月期)度までに累計200億円の売り上げを目指すとしている。
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