通信環境とコンテンツの両方が不可欠
最先端ITソリューションの見本市に
【ITでおもてなし】 ●外国人旅行者は通信環境に不満 20年の東京五輪は、来日する外国人にITを活用した「おもてなし」を提供し、世界に向けて日本の最先端ITソリューションを発信する見本市として活用すべき機会となる。しかし、現状では、ITサービス利活用の前提となる通信ネットワークインフラの整備すら、まだまだ不十分な状況だ。
観光庁によると、外国人旅行者に、日本を旅行中に困ったことについてアンケートを実施したところ、4割近くの回答者が「無料公衆無線LAN環境が貧弱であること」と答えた。日本の公衆無線LANは会員限定のサービスが多く、外国人旅行者は利用することが難しい。総務省はこうした課題を受けて、15年度、「SAQ2 JAPAN Projectの推進」事業を新規に立ち上げ、2.8億円の予算を獲得している。SAQ2 JAPAN Projectとは、外国人旅行者にフレキシブルで使いやすく高品質なIT利用環境を提供するためのプロジェクトで、15年度は無料公衆無線LANの整備事業のほか、無料公衆無線LANの利用開始手続きの簡素化・一元化に向けた検討なども始める。なお、無料公衆無線LANの整備事業には14年度補正予算案でも8億円を計上しており、継続的に面的整備を進めていく方針だ。
●TOEIC600点レベルの翻訳技術 通信環境の整備と並行して進める必要があるのが、これを活用した「おもてなし」のためのコンテンツ整備。東京五輪は、観光産業や飲食業、宿泊業を含むさまざまなサービス業にとっても大きな商機となる。この商機をしっかりとものにするためには、「言葉の壁」をいかに乗り越えるかも重要な課題になる。目下、政府が重要コンテンツと位置づけているのが、多言語音声翻訳システムだ。
具体的なプロジェクトは、総務省が昨年4月に発表した多言語音声翻訳システムの社会実装を目指すプラン「グローバルコミュニケーション計画」に則って進める方針だ。総務省は、多言語音声翻訳技術の研究開発と実証事業に、15年度から19年度までの5年間で約100億円の予算を投じる。
プロジェクトのコアとなる技術は、すでに世に出ている。情報通信研究機構(NICT)が代表を務めるコンソーシアムが開発した多言語音声翻訳システム「VoiceTra4U」で、無料スマートフォンアプリとして提供している。VoiceTra4Uは、27言語間の自動翻訳が可能で、細かくみると、17言語での音声入力、14言語での音声出力に対応している。iOS版に関しては、5台までのデバイスで同時に音声チャットを利用することも可能で、5人全員が異なる言語を使っていても対応できる。日本語、英語、中国語、韓国語の4言語については、旅行会話の領域で、TOEICでいうと600点レベルの精度を実現しているそうだ。
●音声認識や翻訳の高度化を 総務省の5か年事業は、大きく三つの事業から成る。一つは、雑音抑制技術の開発だ。実際に翻訳が必要になる場面では、周囲の雑音を抑制し、翻訳したい声だけを認識する技術が求められる。音声認識誤り率10%以下を目標に技術開発を進める。
二つめは、高精度な画像処理技術の追求。文字を画像情報として取り込んで言語に変換するためのもので、具体的には、特殊な字体を使っている文字でも認識できる画像処理技術を開発し、文字認識誤り率20%以下を目指す。
三つめは、病院や商業施設、各種交通機関など、場所・ケースに応じた高精度な翻訳結果を導き出すために、翻訳機能を利用した場所や時間の情報と翻訳結果データを統合的に管理する技術を開発する。
これらの三つの事業で開発した技術は、実際に、国家戦略特区などを活用して病院や公共交通機関などに試験導入し、性能評価を行う。総務省は、「20年までに、とくに訪日外国人旅行者の多い国で使われている10言語間の翻訳精度を大きく向上させ、旅行会話、医療分野の会話、買い物時の日常会話、災害情報の翻訳を実用レベルにするのが目標」としている。
15年度当初予算案では、同事業の予算は13.8億円にとどまったが、研究開発はNICTや関連の民間企業に委託することになり、NICT運営費交付金273.9億円のうちいくらかがこの事業に充当される。そのため、実際の予算額は13.8億円より大きい。
ITベンダーにとっては、これらの技術を活用した多言語対応のPOSレジアプリやオムニチャネル・ソリューションなども考えられる。実ビジネスに直結する事業として、注目しておいて損はない。
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