医療ITビジネスが着実に成長している。病院や診療所、介護施設、調剤薬局などの地域ごとの連携が一段と進み、訪問医療・介護で積極的にモバイルを活用する動きが活発になってきた。ITベンダーは、有望な市場に向けて医療ITの商材開発にしのぎを削っている。(取材・文/安藤章司)
医療ITは総じて右肩上がり
年間およそ1兆円ずつ増え続ける国民医療費、少子高齢化で医療や介護を必要とする人口の増加、GDP(国内総生産)の伸び率を大きく上回る医療費の増加率──。このままでは早晩日本の医療制度は維持できなくなる恐れがあることから、ITを駆使して地域全体で医療・介護を支えていく仕組みへと着実に移行しつつある。成熟の度合いが高まる国内情報サービス市場で、医療ITは数少ない有望分野と位置づけられる。そこで、ITベンダー各社は商品やサービスの開発に一段と熱を上げている。
大規模病院向け電子カルテでトップシェアの富士通は、医療関連分野の2012年度(13年3月期)受注高を前年度比約10%ほど伸ばした。通常の電子カルテやオーダリング、レセプトコンピュータ(レセコン)などの医療向け商材の販売が伸びたのに加えて、「データセンター(DC)を活用したBCP(事業継続計画)をはじめとする大型案件が追い風になった」(佐藤秀暢 ヘルスケア・文教システム事業本部SVP)とほくほく顔だ。

富士通
佐藤秀暢 SVP 2011年の東日本大震災では、被災地域の多くの医療機関が津波被害に遭い、診療情報や処方履歴が書き記されたカルテが失われてしまった。こうした教訓を踏まえて、電子カルテに移行したうえで、遠隔地にある堅牢なDCに電子カルテの情報をバックアップする動きに弾みがついた。
もう一つ、医療ITビジネスが伸びている背景として「地域医療連携ネットワークシステム」の進展が挙げられる。地域の中核病院の電子カルテをはじめとする診療情報や検査結果を診療所などが必要に応じて参照できる仕組みで、病院の負荷を診療所に分散したり、地域全体で患者情報を共有することで、疾病を重症化させない予防医療に役立つ。患者側からみても、同じような検査を診療所や病院で繰り返さなくて済み、医療費の抑制にも高い効果が期待される。
増える医療連携ネットユーザー
富士通と並んで医療IT分野で最先端を行くNECは、地域医療連携ネットワークシステム「ID-Link」の参加施設数がこの5月末までに2054施設に増加した。「2年ほど前の2011年3月時点では242施設だったが、8倍余りに増えた」(岡田真一・医療ソリューション事業部事業推進部シニアマネージャ)と手応えを感じている。医療連携ネットは、診療情報を公開する側と、参照する側に分かれており、情報を公開するのは地域の中核的な病院が担うケースがほとんどだ。参加施設数のうち情報公開施設の数は2011年3月時点で56施設だったのが148施設へと増えている。

NEC
岡田真一
シニアマネージャ ライバルである富士通の医療連携ネット「HumanBridge(ヒューマンブリッジ)」の情報公開施設は直近で200か所を超えており、情報参照施設はおよそこの10倍の2000施設ほどだと推定される。医療連携ネットは、NECと富士通をはじめとする大手がシェア争いでしのぎを削る激戦区。今のところ富士通とNECの電子カルテ大手メーカーが互角の戦いを繰り広げているようだが、医療連携ネットの性格上、かつてのようなベンダーロックをかけにくい側面ももっている。
医療情報をやりとりする標準規格「SS-MIX」などの進展によって、情報の集積場所である電子カルテを中心とする医療ITシステムのベンダーが異なっても、医療連携ネット上で医療データをやり取りできる時代である。「ID-Link」や「HumanBridge」の参加施設が使っている情報システムが、必ずしもNECや富士通ではないケースもある。だが、地域への影響力を勘案すると、医療連携ネットで主導権を確保できるかどうかが、将来的な医療ITビジネスを少なからず左右するとみられている。
以下、主要ベンダーの取り組みの詳細をレポートする。
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