急速なグローバル化と内需の縮小が続くなかで、ITベンダーは人材・組織マネジメントの大幅な刷新を迫られている。先駆的なベンダーは目的意識を明確にし、ゲーミフィケーションやクラウド・コンピューティングなどを活用したマネジメントを実践して事業の成長に役立てている。その実際を探った。(取材・文/信澤健太)
高度な人材マネジメントが喫緊の課題
新たな潮流に乗り遅れるな
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シルクロードテクノロジー ウィリアム・エド・ヴァセリー 上級副社長 |
企業を取り巻く事業環境がグローバルレベルで変化している。日本国内だけなく、欧米の先進国やアジアの新興国を視野に入れた高度なグローバル人材の育成と組織のマネジメントが企業にとっての喫緊の課題となっている。内需型企業でも、競争力の強化につながる人材・組織マネジメントの刷新が求められている。
人的資本を管理するタレントマネジメントシステムを開発・販売するシルクロードテクノロジーのウィリアム・エド・ヴァセリー・上級副社長グローバルマーケティングは、グローバルでの雇用の変化をこう説明する。「終身雇用制を前提とする日本企業の人事制度は、かつてほどの効果を発揮しなくなった。新卒で入社する従業員のおよそ3割が入社3年以内に離職する状況だ」。
離職率が高まるなかで企業に求められるのは、従業員が企業風土に早く馴染み、安心して業務に取り組むことができる体制を整備すること。ヴァセリー上級副社長は、「グローバルでのローカルエンゲージメントが求められている」と話す。エンゲージメントとは、ロイヤルティ(忠誠心)の発展形といえるもの。「従業員のロイヤルティを向上させても、本来の能力が上限まで発揮されていない可能性がある。エンゲージメントは従業員の潜在能力を引き出して会社の業績をさらに伸ばそうとするもので、ES(従業員満足度)とは異なる」と、ヴァセリー上級副社長は説明する。
同社の調査によれば、エンゲージメントが従業員の生産性の向上に最も大きな効果を発揮することがわかったという。同社は、従業員の採用活動から入社後の研修、目標管理、退職までを支援するスイート製品を用意し、エンゲージメントを後押しすることを目指している。
シルクロードテクノロジーをはじめ、サクセスファクターズやサバ・ソフトウェアなどが提供するタレントマネジメントシステムは、給与計算などの定型業務を処理する人事業務システムから業績評価やクラウドベースの人事管理システムを経て進化してきたものだ。
近年は、新たなトレンドがみられるようになってきた。ソーシャルメディアやゲーミフィケーションの活用である。例えば、サバ・ソフトウェアの企業向けソーシャル・ネットワーキングサービス「Sabaソーシャル」は、従業員同士の交流頻度や結びつきの程度、所属組織から人材の社内コネクションやネットワークへの影響を可視化する機能を備えている。ユーザーインターフェースをスマートデバイスに最適化させるといった取り組みは、各社の基本戦略といってよい。
ゲームデザインの技術やメカニズムを他分野に応用するゲーミフィケーションは、まだ手探りの部分があるのは否めないが、製品に組み込もうとする野心的な事例もみられる。シルクロードテクノロジーの「SilkRoad Point」がそれだ。従業員の社内への影響力を図る指標は、最近のコンテンツの投稿量やファロワー数などに左右される。ゲーミフィケーションを活用し、従業員のエンゲージメントやロイヤルティを向上させるという考え方だ。日本法人の小野りちこ副社長は、「グローバル人材を目指す場合は、影響力やスペシャリティが重要だ。一般社員は通常の能力評価に重きを置くなど、適材適所で、ゲーミフィケーションの活用は変わってくるだろう」とみる。
ビジネスモデルを再点検 では、企業はどのようにして高度に洗練された人材・組織マネジメントを実践できるのか。当然ながらシステムを導入しただけで成し遂げられるものではない。一部の先駆的事例を除いて、多くの日本企業のマネジメントは海外の拠点ごとに分断されているのが実際のところだ。文書管理ソフトで作成したファイルが溢れたり、地域ごとの個別システムが乱立したりして、ガバナンス(企業統治)が効いていない。
グローバルで多くの企業支援プロジェクトを手がけるアクセンチュアの杉村知哉エグゼクティブ・パートナー人材・組織マネジメント グループ統括は、企業のビジネスモデルの再点検の必要性を強調する。アクセンチュアの場合、15年ほど前までは典型的な受託開発を手がけていたが、現在はほとんどゼロ。経営コンサルティング本部やアウトソーシングを中心とする部門などの立ち上げを通じて、ビジネスモデルを大きく転換した。同時に、必要とする人材の採用や育成方法を改めた。事業環境の急激な変化のなかで、企業はビジネスモデルに応じた最適な人材・組織マネジメントを検討しなければならない。
日本企業は、業務の平準化には力を注いできたが、特異な能力を発揮する人材を育成することは得意ではなかった。新しいことにチャレンジする人材が育っていない企業が多いという。こうした企業では、いきなり全社の人材・組織マネジメントに手を着けると、従業員の理解を得ることができない。杉村エグゼクティブ・パートナーは、「まずは新会社などで新しい人事制度を適用し、別個に運用の仕組みをつくる。“とくにできる人材”に集中投資し、迅速に育成することが必要だ」とアドバイスする。“とくにできる人材”は、90%の“普通の人材”のなかに埋もれてしまっているという。
タレントマネジメントシステムは、あくまでも人材・組織マネジメントを実現するための手段である。「何を目的にパフォーマンス評価や後継者管理をするのかをはっきりさせる必要がある。“できる人材”をどう定義するのか、どうやってその能力を測るのかを決めることが重要だ。そのステップがあってこそ、人材戦略を検討することができる」(杉村エグゼクティブ・パートナー)。アクセンチュアはグローバルレベルでの支援を念頭に置いているが、こうした指摘の多くは内需型企業にも当てはまるだろう。
この特集では、外資系企業と国内企業のグローバル人材・組織マネジメントの先行事例と、ゲーミフィケーションを活用したITベンチャーの取り組みを紹介する。
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