[クラウドの影]
「今」を壊す可能性
変化を強いる厳しい時代に
IT産業全体は伸びない!? クラウドに普及・成長を約束するような材料はすでにあり、中期的に見てもクラウドはIT業界の主役を演じることは間違いなさそうだ。しかし、本当に好材料ばかりなのか。
国内のIT産業全体の行く末は、厳しい見方が大勢を占める。国内でIT投資の比率が大きい「金融」「流通」「製造」「医療」「官公庁」のIT投資額の10年~13年の予測をみると、多少の浮き沈みはあるが、前年と比較した金額はだいたい2~3%増。ほぼ変わらないといっていい。また、調査会社のガートナージャパンが予測したデータによると、国内ITサービス市場の2010~15年のCAGRは0.3%でほぼ横ばいだ。
一方で、先に示したクラウドのCAGRは40%を超える。ここに、大きなギャップが生まれている。マーケット全体のボリュームが変わらないのに、そのなかの特定分野だけが急激に伸びる。これが意味することは、クラウド関連の製品・サービスが伸びる一方で、従来は売れていた製品やサービスが消え、関連する仕事がなくなる、ということだ。クラウドという強い光は、確実に“影”をつくり、変化を強いることになるのだ。
抜本的な変化が求められる クラウドの普及は、確実にさまざまな変化がもたらす。とくにSIerにとっては大きな変化が求められることになるだろう。まず売るモノが変わる。ユーザー企業に提供する機能は同じでも、オンプレミス型システムとクラウドシステムでは、バックで動くハードやミドルウェアが異なるケースがある。そうなれば、新たな製品・サービスについて学ぶことが要求され、SIerの開発者と営業担当者にとっては、売る・開発する力が変わってくる。
そして、売る相手も変化する。変わるというよりも多様化する。ユーザー企業に販売するケースに加えて、今後は、クラウドシステムを活用して、ユーザー企業にクラウドサービスを提供するITベンダーも対象に入れる必要が出てくる。
クラウドサービスを提供するITベンダーは、ユーザー企業に提供するサービスをつくることは得意でも、その裏で動くシステムづくりに精通しているとは限らない。そうした場合、たとえ同じITベンダーでも売り先のターゲットになる可能性が出てくる。ユーザー企業はこうしたクラウドサービスを提供するベンダーから、ITを購入するケースが増えるはずだから、クラウドサービスベンダー向けのシステム構築案件を獲得しなければ、売り上げは下がる可能性が高い。
そして最大の変化を求められるのが、ビジネスモデルだ。ユーザー企業に直接システムを納めるSIプロジェクトは、数か月をかけて大きな売り上げを得るモデル。クラウドサービスを提供するITベンダー向けのシステム構築と、ユーザー企業専用のクラウド(プライベートクラウド)を構築するビジネスでは、従来型SIプロジェクトと同じ稼ぎ方ができるかもしれない。
しかし、パブリッククラウドのような従量課金制のクラウドを売る場合は、少額を積み上げていくビジネスモデルとなる。契約期間が見えるから、安定的なビジネスにはなるが、一案件で得られる金額は少額なので、ある程度の顧客数を獲得しなければ、従来型SI案件と同じ売り上げを稼ぐことは困難だ。例えば、年間で2400万円のSI案件と同じ売り上げを得るためには、月額1000円のクラウドサービスを、1年間契約で2000人集めなければならない計算になる。そうなれば、営業体制も見直す必要が出てくる。受注率が高そうな特定のユーザー企業に対して頻繁に足を運ぶ営業から、広くあまねく売り歩く営業に変わらなければならない。
中堅・中小企業(SMB)に強い日本事務器(NJC)は、4年ほど前からクラウドサービス事業に力を入れ始めた。まだ、クラウドサービスが売上高に占める比率は小さいが、「GoogleApps」の販売などで徐々に実績を出している。田中啓一社長は、「クラウドはSIerにとって大きな変化をもたらす。既存のビジネスモデルにとらわれていたら、成長はない」と危機感を露わにしている。
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