富士通、NEC、日本IBM、日立製作所の大手ITメーカー4社のクラウドコンピューティング戦略が出揃った。これまで、どちらかというと、中堅・大手向けの「プライベートクラウド」の取り組みに関する打ち出しが多かったが、ここへきて「パブリッククラウド」の展開も明確になってきた。こうしたなかで、各社は既存パートナーのクラウド展開をどう支援し、どんなサービスを担がせるのか、その戦略を再検証した。
経済産業省の「クラウドコンピューティングと日本の競争力に関する研究会」が、今年8月にまとめた報告書では、国内のクラウド市場は2020年までに40兆円に達すると試算している。調査会社の矢野総合研究所がまとめた「クラウドコンピューティング市場規模予測」では、2015年に7000億円以上と試算されているが、経産省の研究会とは大きな開きがある。後者はITベンダー向けの調査を主体に集計されたもので、研究会が「新サービス市場の創出」といっている「スマート・グリッド」など、社会インフラのイノベーションが含まれていない可能性がある。
また、富士通、NEC、日本IBM、日立製作所の4社が示す2012年のクラウド市場の合計は、非公表の部分(日本IBM)を加えても2兆円近くにはなる。ただし、この4社は海外で半分程度を稼ぐことを想定しているため、大手4社だけで2012年に1兆円規模になるとみられ、そこに紐づくSIerや独立系ソフトウェアベンダー(ISV)パートナーのクラウド事業の展開に大きな影響を及ぼすことは間違いないといえる。
大手4社は、共通してITサービスの組織・事業体制のなかにクラウドを位置づけている。というよりは、事実上、かつてのITインフラ販売の事業部がクラウドを推進する部隊へと衣替えしたのだ。各社のIaaS、PaaS、SaaSの長所や弱点についてはここでは論じないが、少なくともパートナーやユーザー企業からみれば特徴が分かりにくく、どれを選択すればいいか迷うことだろう。ただ、方向性としては、オンプレミス(企業内)のプライベートクラウドとパブリッククラウドのサービス、それに既存のクライアント/サーバー型システムを生かしつつ「ハイブリッド」に構築する方向性という点では共通している。その方向性のなかで、各社がサービスメニューやユーザー企業、パートナー支援、組織体制などを競っているかたちだ。
気になるのは、クラウドの普及でC/S環境を販売してきた「売り手」との関係性をどう考えているかだ。大手4社はすべて「既存パートナーの枠組みを崩さずに、クラウドを推進する」としている。ただし、後述するが、受託ソフト開発会社を除いての話だ。しかも、「売り物」は大きく変わる。C/S型で使われていたサーバーやストレージ、パッケージソフトなどのモノでなく「サービスを売る」形態になることは誰の目にも明らかだ。
日本IBMの三崎文敬・クラウド事業企画事業企画部長の言葉が象徴している。「これからは、システムインテグレータ(SI)ではなく、サービスインテグレータになってもらう」。大手4社は、こうしたプレーヤーのクラウドを中核として、収益モデル、ビジネスモデルの転換方法を指南するコンサル部隊も組織した。実際にこれらパートナーを巻き込んだクラウドのバリューチェーンが確立されるのは、各社とも、今年いっぱいかかりそうだ。クラウド市場で大きな売上高を占めることになる大手4社の体制が整ったことで、日本のクラウドは急速に普及フェーズに入る。
富士通
テスト利用でクラウド効果を伝授
苦手なSMB領域などを補う体制構築
富士通は現在、群馬県・館林市にあるデータセンター(DC)を利用して、「5~10分で既存システムをクラウド化できる」(齋藤範夫・クラウドビジネス推進室担当課長)という「オンデマンド仮想システムサービス」のテスト運用を行っている。同社が直販で獲得した既存の中堅・大手企業数十社がこの試行テストに参加。「テストで実際に使ってみて、不足した機能を補う」(同)というが、利用するユーザー企業の評判は上々のようだ。今年10月には一般商用化する。
このサービスでは、DC内の仮想リソース群にユーザー企業専用の仮想プラットフォーム環境を必要な分だけ提供する。変化と競争の激しい経済環境で、ユーザー企業が早期にアプリケーション開発や運用を、クラウドによって低価格で構築できる。その構築時間が前述の「5~10分」というわけだ。
これを使うユーザー企業は、富士通が用意したウェブポータルを通じ、利用希望の基盤の配備指示を出すと、DCリソースから自動的にリソースを切り出してクラウド環境を構築できる。「その稼働状況を企業は自社に居ながらにして見ることができる」(齋藤担当課長)のが特徴だ。自社データを他の場所に配置することや運用事故などを懸念する“クラウド・アレルギー”のあるユーザー企業に、実運用で使ってもらうことで、有効性を認知させることを狙う。「競合他社にない仕組みで、当社のクラウド拡大に大きく寄与するだろう」(同)と、クラウド利用促進の“初めの一手”としてこれを本格化する。
同社は4月1日付で、クラウド事業を展開する「クラウドコンピューティンググループ」を設置した。現在、本社とグループのSE子会社を含め、専任者が150人、兼務者を含めれば1000人に達する。これを2011年度(2012年3月期)にはグローバルで5000人に増員し、このうち国内で4000人を配置する。国内だけで約2割の人員がクラウドに関わる。同社がクラウドに注力する理由は、クラウド需要が急伸する社会的背景に加え、「弱点であった中堅・中小企業(SMB)やWindows環境の領域を補える可能性がある」(齋藤担当課長)からだ。Windows領域では、先般マイクロソフトと「Azure」に関する戦略的アライアンスを結び、2011年当初に「FJ-Azure(仮称)」と呼ぶサービスの提供を開始する。
ここには、有力独立系ソフトウェアベンダー(ISV)や富士通グループのSE子会社、系列販社のWindowsベースのアプリを品揃えしていく。
一方、SMB領域では、「Azure」環境に限らずSaaS商品を揃え、SE子会社や大興電子、都築電気など、系列販社などが再販する体制を整える。ただ、「地域販社はクラウド展開で悩んでいる。これに応え、一緒に次代のビジネスモデルを構築する」(齋藤担当課長=1面参照)と、既存チャネルを引き続き有効活用するため、各ベンダーのビジネスモデル変革を支援する。
NEC
企業側にクラウド基盤、外販支援
SMB領域では既存販社を転換へ
08年12月にNECの当時の社長、矢野薫氏(現会長)に取材した際、クラウドコンピューティングの質問に対しては多くを語らなかった。しかし、09年12月に再度取材した時は「ほぼすべての事業でクラウドを推進する」と明言した。事実、遠藤信博社長の新体制になった10年度(11年3月期)は、各事業をクラウドを軸に練り直し、インフラや端末など機器類のビジネスユニット(BU)を除き、エンタープライスのシステムインテグレーション(SI)を担う「ITサービスBU」の事業本部すべてと主なSIグループ会社に「クラウド指向」(クラウドの特徴を生かして、全方位で展開する)と呼ぶ、全体の成長戦略を立てた。
この間にNECは、自社へのクラウド構築をベースにして事業を展開するため、世界でグループ12万人の社員が使うシステムをクラウド化する作業を進め、10年4月に「SAP」の経理システムがクラウドで稼働を開始した。「自社の取り組みを参考に、企業向けクラウドサービス全体の枠組みと、上流のコンサルティングやアプリサービス、IT基盤サービスなどからなる『サービスプラットフォームソリューション』を整備した」(毛利隆重・執行役員)というように、一気にクラウド体制を構築したわけだ。
NECは、クラウドを推進するに当たって、三つのサービス提供モデルを構築した。競合他社と同様に、IaaS、PaaS、SaaSの基盤を整備したうえで、定型的な業務を低コストで早期利用できる中小規模企業向けの「SaaSに参入型」、共通仕様のアプリを共同利用する中・大規模企業向けの「共同センター型」、企業個別の専用環境(オンプレミス)を構築できるグループ企業群をもつ大・超大規模企業向けの「個別対応型」がそれだ。SaaS型はプライベートクラウドとパブリッククラウドでの両方利用を想定しているが、後者二つはプライベートクラウドでの運用体系になる。「すべての提供モデルは、低コスト、変化への対応、柔軟性を当社のIT基盤で実現できる」(毛利執行役員)と、このモデルに従って公共、金融、製造・装置など業種別にサービスメニューを揃えている。また、IaaSについてはAmazonEC2、PaaSはGoogle、SaaSはSalesForce.comをサービス提供の標準領域に据え、既存のクライアント/サーバー(C/S)型システムを加えて「ハイブリッド型」で提供する。
他と異なる提供方法で特徴となるのは、ユーザー企業側に基盤を構築し、そこから別の企業へサービス提供するモデルだ。すでに住友生命や住友林業でこの形ができあがり、同社は他の金融機関に対してSaaS型でアプリを外販している。
一方、SMB向けではNECネクサソリューションズが主体となり、ISV製品などでSaaS型ソリューションを提供する。また「ソーシャル系」として自治体、医療、地域医療連携の分野でSaaS提供する。毛利執行役員は「SMB領域では、これまでビジネスの対象ではなかった分野を刈り取る」と意気込む。このSMB領域では、「顧客との接点が多い」(同)既存の系列パートナーとの連携が重要で、同社はクラウド事業の早期立ち上げを地域SIerなどに支援していく方針だ。
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