2009年3月31日、SaaS型サービス「J-SaaS」がスタートした。経済産業省が主導し、2年間で約40億円もの資金を投じて始めた鳴り物入りのITサービスだが、ユーザー企業数が伸びていない。計画時にぶち上げた「今年度(2010年3月期)末までに50万社の中小企業をユーザーにする」目標など、夢のまた夢。その目標には遠く及ばない。官主導という異例の形で立ち上がった巨大なSaaSは、このまま不発に終わってしまうのか。
「J−SaaS」の歩みと実績、そして今後Chapter I 「J−SaaS」の歩み
「準備は万端」のはずだった…
「J−SaaS」の計画立案は2年以上前にさかのぼり、昨年度から予算を確保して動き始めていた。決して拙速に着手されたプロジェクトではない。当初のスケジュールに対してぎりぎりだったものの、昨年度中のサービスインには間に合い、サービス開始時には26種類のアプリケーションを揃えた。強固なITインフラを整備し、システムトラブルはない。SaaS普及のポイントは「売る仕組み」という認識をもち、提案・拡販策も用意していた。「準備は万端」のはずだった--。
40億円投じた国策
異なるISVが共存する異例の基盤 「J−SaaS」プロジェクトは、海外諸国に比べて日本の中小・零細企業はIT利用が遅れており、将来的に国際競争力の低下につながる、と経済産業省が危惧したことから始まった。解決のための手段として、初期投資が少なく情報システム運用の手間がないSaaSに着眼。ITに費やすことができる資金が乏しく、システム管理者がいない中小企業でも、SaaSならITを利用してもらえるとの考えから、「J−SaaS」が生まれた。
「J−SaaS」では、異なるISVがもつ複数のアプリケーションソフトが、一つのIT基盤でSaaSとして動作する。ユーザー企業は、「J−SaaS」のポータルWebサイトから利用したいSaaSを選ぶだけで、即時にインターネットを通じてソフトの機能を利用できる。会員登録(無料)が必要だが、それ以外は数クリックの操作で済む。利用のハードルは決して高くはない。
ISVが単独でデータセンターを用意してソフトをSaaS化し、販売するケースは多々ある。だが、「J−SaaS」がスタートした2009年3月31日時点で、異なるISVがもつ複数のアプリを、一つのシステムから選んで購入できるシステムは、構想こそあちらこちらで聞いたものの、実現例は皆無。その点からして、先進的で画期的だった。
経産省はこの仕組みを整えるため、「中小企業向けSaaS活用基盤整備事業」として、昨年度と今年度に予算を要求・確保。2年間合計で約40億円を投じている。SaaS基盤の構築・運用、ISVがもつソフトの「J−SaaS」への移行、普及・促進の費用にこの予算を当てた。
「売る仕組み」も用意
「J−SaaS普及指導員」で普及・促進 図1は「J−SaaS」の主な歩みを示したもの。SaaSインフラの開発・運用会社として富士通を選び、料金収納事業者も選定した。メニューは、サービス開始時点で18社からソフトを調達して11カテゴリ26品目のサービスを揃えるまでに至った。その後、順次サービスメニューを拡充し、09年11月26日時点では13カテゴリ32品目を用意している(図2参照)。ポータルサイトもリニューアルし、サービス基盤は順調に整っていった。
サービス基盤だけでなく、経産省は「売る」仕組みも考えていた。「最大のポイントはどう売るか」。昨年度まで「J−SaaS」プロジェクトを担当していた経産省の安田篤・商務情報政策局情報処理振興課課長補佐(当時)は、サービス開始直前にそう語っていた。それだけにユニークな仕掛けを用意していた。
商工会や商工会議所などの中小企業支援団体ほかITコーディネータ、税理士・会計士の協力を取りつけ、「J−SaaS普及指導員」と呼ぶ「J−SaaS」を広めるための“エバンジェリスト”を育成。全国各地で中小企業担当者に向けてセミナーを一斉開催することで、普及・促進を進めようとした。「J−SaaS普及指導員」はサービス開始時でざっと600人。わずか1週間で集めた。
この仕組み・仕掛けで、今年度(2010年3月期)末までに従業員20人未満の中小企業約50万社をユーザーとして獲得しようとしたわけだ。だが、残り4か月の期間があるとはいえ、現時点でもその計画達成は難しいといえる。目標の100分の1にも到達していないからだ。

J−SaaSポータルサイト。下がオープン当時の画面で、上がリニューアル後の画面。分かりやすくはなったが……
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