電子の歌姫「初音ミク」の制作を担当した。楽器ソフトの一種だが、従来の“音”ではなく“声”を奏でる点が異なる。美しい少女の歌声は瞬く間にネット上に広がり、動画投稿サイトのニコニコ動画で大ブレイクした。発売から6か月余り。ユーザーがミクのためにつくったオリジナル曲を中心に、歌った数はゆうに100曲を超える。
採用したヤマハ製の歌声合成エンジンの性能がすばらしいことや、売れっ子声優の藤田咲を起用したことなどが成功要因としてあげられる。だが、ミクのコンセプトを企画し、音声を編集した“生みの親”の存在も忘れてはならない。ミクは制作担当・佐々木渉の原体験の中にすでに生きていたからだ。
女性の魅力ある声を考えたとき、「昔に聞いた校内放送の女生徒の声が思い浮かんできた」。昼休みに聞こえてくる放送クラブの生徒たちだ。「結局、本人の顔を見ることはなかったが、初恋のちょっと手前の温かい感じがした」と振り返る。「この声をどうしても再現したい」。3か月近く会社の倉庫に閉じこもり、音声の編集作業に没頭した。
「実体験にもとづいたものでなければ、真の共感は得られない」。ユーザーがそれぞれの初恋の原風景をミクに投影しやすいよう、ツインテールのかわいい挿し絵も添えた。年齢は16歳に設定。狙いは大当たり。ニコ動が特設ライブ会場に変わる。
「人はさまざまな声を聞き分ける能力がある」。昨年末にはミクとは違った声色を持つ14歳の双子の姉弟「鏡音リン・レン」を製品化。「受け入れられる人数が10人なのか、30人なのか分からない」としながらも、「人々を魅了する声をこれからも数多く世に送り出していきたい」と話す。(文中敬称略)
プロフィール
佐々木 渉
(ささき わたる)■1979年、札幌市生まれ。97年、北海道札幌国際情報高等学校情報技術科卒業。測量会社などの勤務を経て、05年、クリプトン・フューチャー・メディア入社。07年、初音ミクの制作を担当。■年間(07年1-12月)のトップシェアベンダーを表彰するBCN AWARD 2008 サウンド関連ソフト部門で初の最優秀賞を受賞。初音ミクは昨年8月末の発売後、わずか4か月でクリプトンをトップシェアに押し上げた。