農林水産省の統計データによれば、日本の農業生産額は1984年の11.7兆円をピークに19年時点で8.9兆円となっている。また、農業就業人口も10年の260万人が19年に140万人と減り続けている。世界の人口増加に伴い食料危機が叫ばれ、自給率を上げるのが必要だという議論を常に続けている。
一方、大規模経営の農業生産法人数は増え続け3万社超。国の目標では5万社とする計画が進んでいる。農業経営を大規模化して食料の生産性を高めていくというのが潮流というわけである。
これらの農業者を顧客として、いちはやくデータを生かす経営を推進している大分県豊後大野市で、農業資材(肥料、農薬、農業機械など)、米穀集荷、土壌分析などを展開するみらい蔵の取り組みを紹介する。
その取り組みは「創業期」「転換期」「革新期」「発展期」「DX期」の五つに分けられる。主要顧客の農業者は減少し続けているため、変革を進めなければ明日がない。しかし、同社はいち早くIT化を進め、データに基づいた顧客への価値を提供しながらビジネスモデルを変換したことにより、他社にはないユニークなビジネスを全国で手掛け発展している。決して規模的にも地理的にも有利でなくても、自社の強みを生かし、ピンチを乗り越え、データやインターネットを駆使して顧客価値を提供していけば生き残れるDXの好事例である。
みらい蔵の取り組み
同社が創業したのは97年。「夢アグリ」という農業資材を販売するロードサイド型の店舗でスタートした。当時は3万点の農業資材を展示し現金で販売する店舗も少なく順調な滑り出しだった。しかし、1年を過ぎるころ、近隣に競合店が出店し売り上げが徐々に下がってしまった。
同社のデータを生かす経営は、このピンチから始まった。金融機関には「100年かかっても返せない」とまで言われた。試行錯誤を重ねる中で辿り着いたのは、「お客様は何をほしがっているのか?」を日々の売り上げから読み解くことだった。
当時、店舗には販売管理のオフコンしかなく、商品の売れ筋や顧客単価という「見たい情報」を得るには情報の加工が必要であった。営業部長を務めていた山村恵美子氏(現会長)は営業終了後、1人で事務所に残って販売データの加工によって売れ筋を毎日確認し、仕入れや店舗レイアウトに生かしていった。
例えば、田畑の資材は1月ごろに店舗に確認しにきて、3月ごろ実際に購入する場合が多いため、陳列や商品を準備しておくことで売り逃しが免れる。また、肥料販売の際は手袋やスコップなどの便利グッズも一声かけることで客単価が上がるなどである。地道な取り組みにより徐々に売り上げも増え、顧客数も増えていった。
ピンチを脱した後の転換期では、外回りの営業「外商」と「土壌分析」を開始した。店舗で来店者を待つのでなく、こちらから御用聞きに回り始めたのである。回ってみると大型農家では店舗まで行けないため、訪問販売の需要があることも判明した。
存亡の危機からスタートした同社のデータ活用のノウハウは、この時期に補助金を使って導入した新販売管理システムの要件定義にも生きており、部門別やアイテム別、顧客別の売り上げ、利益率、回転率、在庫などの「見たい情報」がいつでも確認できる。売り上げの向上に役立てているのだ。
もう一つ判明したのはベテランの農業者であっても肥料や栽培管理は経験と勘に頼っており、多くの悩みを持っているという点である。例えば、今年も前年と同等の肥料分量だと多すぎて作物が病気になるなどだ。そこで、みらい蔵では土の状態をデータで把握して指導する土壌分析の業務を開始することにした。市販キットから開始し、少しずつ検査機器を充実させていった。既存顧客に対して地道な営業活動を続け、土壌分析による指導の成果が上がるようになったのだ。
革新期では土壌分析のノウハウをシステム化し、土壌診断施肥設計システム「ソイルマン」という特許取得のシステムに結実させた。このソイルマンはクラウド上で展開しており、全国の農業者が土を送れば分析結果がシステム上で表示され、そのデータを基に施肥設計ができる革新的なものである。現在のユーザーは全国で700件、他社の農業管理システムとの連携も行っており、データに基づくスマート農業の一翼を担うサービスとして発展している。
■執筆者プロフィール

中尾克代(ナカオ カツヨ)
アイティ経営研究所 代表 ITコーディネータ
熊本県庁、電子機器メーカーの品質保証部門を経て、2010年、アイティ経営研究所を創業。ITコーディネータ、ISO審査員として中小企業や農業者のIT導入やDX推進を伴走型で支援。「令和3年度ITコーディネータ協会表彰」で最優秀賞(経済産業省:商務情報政策局長賞)と優秀賞(IPA理事長賞)をW受賞。「明るく楽しく成果を上げる」がモットー。