その他
「ニューリテール」で日本市場を攻略 小売業のデジタル化が国内事業拡大の切り札――アリババクラウド
2018/08/09 09:00
週刊BCN 2018年08月06日vol.1738掲載
EC大手のアリババが実店舗のスーパーに出資
アリババグループの馬雲(ジャック・マー)会長は2016年12月、ITを活用した小売業の新たな姿として、「ニューリテール」の概念を提唱した。ニューリテールに明文化された定義はないが、小売業におけるオンライン(EC)とオフライン(実店舗)の活動を統合し、顧客に新たな体験を提供しようとするものとなっている。日本国内で数年前から聞かれる「オムニチャネル」や「O2O(Online to Offline)」と共通する部分もあるが、消費者視点で新たな利便性や価値を体現するところに重点が置かれている。米国では昨年、EC最大手のアマゾンが約1兆5000億円を投じて高級スーパーマーケットチェーン「ホールフーズ・マーケット」を買収したことが話題となったが、アリババグループはそれに先んじて16年、中国都市部で営業する生鮮スーパー「盒馬鮮生」(Hema Fresh)に大型出資をして傘下に収め、ニューリテールを具現化する場の一つとして活用している。
盒馬鮮生の各店はECの物流拠点も兼ねており、ネットから注文が入ると、従業員が店の陳列棚から商品をピックアップする。注文の品は自動搬送レールでバックヤードへと運ばれ、半径3km以内の顧客にはオーダーから30分で商品を届ける。また、店頭へ買い物にきた顧客も、すぐに消費するものでなければ、その場でモバイルアプリを利用して値札のバーコードを読み取ることで、商品を後で自宅に届けてもらえる。値札は通信機能付きの電子ペーパーで管理されており、ECと店頭で価格が食い違うこともない。
このように、オンラインとオフラインで共通の商品や利便性を提供することで、店舗に対する顧客のロイヤリティを高めていくのが、ニューリテールの基本的な考え方であり、それを支えるインフラとして、アリババクラウドが用いられている。
日本ではまだまだ少ないデジタル重視の小売り
アリババクラウドが日本市場で採用拡大を目指すにあたり、グループとして強みのある小売りに注力するのは自然な動きにみえるが、日本の事業を統括するアリババクラウドジャパンの宋子暨(ユニーク・ソング)ゼネラルマネージャーによると「戦略は市場ごとに違いがあり、例えば香港では金融業向けに、欧州ではIoTで製造業向けに力を入れている」といい、このタイミングで小売業との関係強化を目指すのは、日本市場を分析したうえでの判断だと説明する。宋ゼネラルマネージャーは、訪日客によるインバウンド消費が継続して拡大しているにもかかわらず、日本の小売業におけるテクノロジーの導入は十分でないと指摘する。「日本の小売業界では、デジタルの体験を重視する企業がまだまだ少ないと考えている。また、さまざまな業務システムで用いられるデータが統合・連携ができていないために、現場で何が起きているかを、本部が認識するまで時間がかかっていることも多い」(宋ゼネラルマネージャー)
例えば、日本語を話せない観光客は、ソーシャルメディアなどの口コミを参考にして買い物をする店舗を決めるため、同じチェーンストア内でも決まった店舗に集中する傾向があるという。ある店舗の特定の商品で“爆買い”需要に火が付いたことを、本部がいち早く知ることができれば、他店から在庫を融通するなどして品切れリスクを軽減できる。また、外国語を話せる店員をすぐに増やすのは難しいが、モバイルアプリの使い勝手を高めることで、顧客対応の一部をセルフサービス化できる余地もある。
クラウド基盤単体ではなく小売りソリューションとして訴求
アリババグループは今年5月、アパレルブランド「earth music&ecology」などを手がける製造小売業のストライプインターナショナルと戦略提携を発表し、同社によるアリババクラウドの導入や、中国における実店舗およびECのデータ統合、新たなマーケティングソリューション開発などを推進していくことを発表した。宋ゼネラルマネージャーは「日本企業に向けては、クラウド基盤というよりもソリューションを提供したい」と強調する。日本の商品やブランドは現在もアジア市場で人気が高いが、モバイルアプリなどを駆使した商品販売は海外のほうが進んでいる部分もある。インバウンド需要の取り込みや、日本企業の海外進出にあたって、テクノロジーのギャップを認識しないままだと、「よい商品をもっていても売れない」という事態が起こりかねない。そこで、ITインフラとあわせて、アリババグループの事業で得たノウハウや、コンサルティングなどのサービスを、他のクラウド事業者にない差異化要素として日本の小売業に提供していく考えだ。
全業種の平均と比べて小売業は人手不足が深刻化しており、ITによる業務効率化のニーズは強い。データの可視化や、画像認識、AIなど、クラウドから提供される技術を組み合わせることで、単に働き手の問題を解決するだけでなく、競争力を向上させることができる可能性もある。小売業というユーザーを取り合って、クラウド事業者間の競争がさらに激化しそうだ。
- 1