米オラクルは、9月18日から22日までの5日間、米サンフランシスコで年次イベント「Oracle Open World 2016(OOW)」を開いた。SaaS、PaaSを中心にクラウドビジネスの拡大を図ってきた同社だが、創業者のラリー・エリソン会長兼CTOが基調講演でIaaSへの本格的な注力を宣言し、同分野のトップベンダーであるAWSへの強い対抗意識を感じさせる発言も目立った。近年掲げてきた「ナンバーワンクラウドベンダーになる」という目標の実現に向け、クラウドを全方位で成長させたい意向が強く滲むイベントとなった。(取材・文/本多和幸)

ラリー・エリソン会長兼CTO
IaaSへの本格注力でAWSにライバル宣言
OOWのメインイベントともいえるのが、ラリー・エリソン会長兼CTOの基調講演だ。イベント期間中2回行われるのが通例だが、今回も初日と三日目に予定通り開催され、多くの聴衆を集めた。

ラリー・エリソン
会長兼CTO 18日に行われた1回目の基調講演は、IaaSへの本格的な注力方針とAWSへの対抗色を前面に押し出すプレゼンとなった。AWS対抗の色彩をもつIaaS自体はすでに昨年の基調講演でも発表しているが、エリソン会長は「第二世代のIaaS」と呼ぶ新サービスを発表し、従来以上にIaaS領域に注力する姿勢を示した。
第二世代のIaaSとは何か。エリソン会長は、「新たな考え方でデータセンターを世界中に構築し始めている。リージョンごとに、比較的近い距離の三つのデータセンターを光ファイバーでつないで一つのクラスタにまとめ、同じデータを複製、共有する仕組みをつくることで、単一障害点を排してフォールトトレラントなインフラを整備した。リージョン間を超高速、低レイテンシで接続したDRの仕組みをつくることもできる」と説明した。さらに、「こうした高い安全性、信頼性を備えているにもかかわらず、AWSの価格体系と比べて、コアが2倍、メモリも2倍、ストレージは4倍、I/O性能は10倍でもより安く提供できる。これでオラクルを選ばない理由はない。AWSはこれから先、深刻な競争に苦しむことになる」ともコメント。簡単にまとめれば、「非常に信頼性の高いIaaSを、AWSよりもずっと安く提供する」というメッセージを打ち出したといえるだろう。

AWSに対するコストパフォーマンスでの優位性も強調
また、エリソン会長は初回の基調講演で、「Oracle Cloud@Customer Service」を拡張することも明らかにした(詳細は既報)。その際も、AWSを強く意識した発言が目立った。ちなみにCloud@Customer Serviceとは、企業がオラクルの各種クラウドサービスと完全な互換性をもつ垂直統合型マシンを自社データセンターに置き、管理運用はオラクルが行うサブスクリプションモデルのフルマネージドサービスのことだ。
「オラクルのクラウドで使っているものとまったく同じソフトとハードを、お客様のファイアウォールの内側で高速ネットワークにつなげて、しかもクラウドと同じ価格で使うことができるようになった。オラクル製品は、本当に簡単にオンプレミスとクラウドを行き来できるが、Cloud@Customer Serviceはオンプレミスとクラウドの中間であり、より多様な選択肢ができたことになる。例えばオラクルのデータベースなら、オンプレミスでソフトウェアライセンスを購入する、あるいはDBマシンの『Exadata』を購入するというやり方があるし、Cloud@Customer Serviceも選べる。もちろん、パブリッククラウドの当社PaaSでも利用できるし、AWSでもMicrosoft Azureでも使える。一方で、AWSの(DWHである)RedshiftはAWSのパブリッククラウド上でしか動かない」。
さらに、9月20日、2回目の基調講演でエリソン会長は、個別のサービス、機能でいかにAWSよりもオラクルがすぐれているかを訴え、AWSについては「究極のロックインで、IBMのメインフレームよりも閉鎖的」と、批判を強めた。
米オラクルは、直近の2017年度第1四半期(6月~8月)の決算発表で、全売上高86億ドル中、クラウドは9億6900万ドル(前年同期比59%増)に達し、クラウドが占める割合が10%を超えたと発表している。従来の中核事業であるソフトウェアライセンスは11%減と相当な落ち込みとなったが、クラウドがそれをカバーして余りある成長をみせている。とくにSaaS、PaaSは合計で7億9800万ドルの売り上げを記録しており、これは前年同期比82%増だ。一方、IaaSの売り上げは1億7100万ドル、前年同期比7%増と、まだまだ規模も伸び率も小さい。エリソン会長は、ここをSaaSやPaaSと同じ勢いで成長させることで、クラウドベンダーとしてさらにビジネスを急拡大させたいと考えているようだ。
杉原博茂社長に聞く
日本でのIaaSの展開は?来年初頭までには具体的な方針を出す
米オラクルが発表したIaaS戦略はOOW 2016のメイントピックとなったが、IaaSそのものは同社にとってまったく新しいサービスというわけではない。昨年のOOW 2015でも、基調講演でエリソン会長自ら、「物理サーバー専有型のIaaSをAWSのサーバー共用型サービスの半額、アーカイブストレージをAWSの10分の1の価格で提供する」と(今回ほど大々的にAWSへの対抗色は出してはいなかったが)発表している。ただし、日本では国内DC稼働の計画が今夏まで明確にされなかったことも影響しているのか、正式なローンチには至っていなかった。

杉原博茂
社長 OOW 2016の期間中、日本のメディアのインタビューに応じた日本オラクルの杉原博茂社長は、「IaaSを日本でどう展開していくかは、鋭意考えている。いずれにしても、パートナーとの連動が重要なので、しっかりプログラムをつくりながら、年内から年初にかけてをめどに、具体的な発表をしたい」と説明した。日本オラクルは、国内DCとして富士通のDCを使うことを明らかにしているが、こうした自社のクラウドインフラ経由の提供だけでなく、さまざまなパートナーが、Cloud@Customer Serviceを使ってパートナー自身のDCからオラクルのIaaSを提供する形態も視野に入れているようだ。
また、AWSに対しては、「向こうからはオラクルなんて死にかけの恐竜のように思われているかもしれないが、私はAWSを好敵手だと思っている。彼らとは違う特徴をもつ選択肢を提供できるというのは、市場にとっても非常に意義が大きいことだと考えている」とコメントし、エリソン会長ほどの攻撃的な言葉は使わなかったが、十分に日本の市場でも競っていけるという見解を示した。
クラウド拡大のための新パートナープログラム MSPにOracle Cloudの活用を促す
OOW 2016では、「Oracle Cloud Managed Service Provider(MSP) Program」という新しいパートナープログラムも発表された。パートナーに対して、オラクルのIaaS、PaaSとパートナー自身の付加価値サービスを組み合わせたマネージドサービスの構築を支援するものだ。今回のOOWで同社は、従来の注力領域だったSaaS、PaaSに加えて、IaaSビジネスにも本腰を入れ、全方位でクラウドビジネスの拡大に取り組む方針を打ち出した。その実現のためにパートナーのクラウドビジネス拡大を強く促していく。
パートナーデイと位置づけられた9月18日にはパートナー向けのゼネラルセッションが開かれ、これがOracle Cloud MSP Programのお披露目の場となった。パートナー戦略担当のペニー・フィルポット・グループバイスプレジデントはまず、今年2月にグローバルでほぼ一斉にローンチした新しいクラウドパートナープログラム「OPN Cloud Program」について、「パートナーの数は新たに2000以上増え、新たに中小市場を開拓し、成功をつかんでいる」とすでに成果につながっていることを強調。そのうえで、さらにクラウドビジネスを拡大させるための施策として、Oracle Cloud MSP Programを立ち上げることを宣言した。

ペニー・フィルポット・グループバイスプレジデント(左)と
サンジェイ・シンハ・バイスプレジデント
プラットフォーム製品担当のサンジェイ・シンハ・バイスプレジデント(VP)は、Oracle Cloud MSP Programを立ち上げた背景と、パートナーが得られるメリットについて次のように解説した。
「多くのお客様が、パブリッククラウドでOPEXを減らし、俊敏性と拡張性を追求しようとしているが、その場合、オラクルのワークロードだけでなく、オラクル以外のワークロードもパブリッククラウドに移行させないといけない。皆さんのような知見とノウハウ、技術力のあるパートナーの協力がなければできないことだ。オラクルのIaaSは、Solarisはもちろん、Linuxもサポートしていて、オープンソースのツールを使って幅広いお客様に対応できるようにしている。これに皆さんの関連サービスがバンドルされれば、お客様はITを使ってより簡単に業務を変革できるようになるし、パートナーの視点でみれば、オラクルのワークロード以外のクラウド移行にも対応できる俊敏性の高いMSPのプラットフォームを備えることになるわけで、大きな収益が期待できる」。
すでに14社のパートナーが、Oracle Cloud MSPのパイロットパートナーとして活動を開始しており、日系ベンダーとしては、富士通と日立コンサルティングが名を連ねている。
解説 Cloud MSP Programの狙いパートナーの付加価値に大きな期待
既存のプログラムに課題あり
Cloud MSP Programは、もともとオンプレミスでシステム環境の移行や運用、保守などのサービスを提供してきたパートナーをまずは対象としている。オラクルのIaaS、PaaSに、パートナーが自身の付加価値サービスをプラスし、クラウドでも同様のビジネスを展開してもらうことを推奨するプログラムだといえよう。
このプログラムに参加するパートナーは、オラクルのパートナー制度である「Oracle Partner Network(OPN)」の基本契約のほかに、オラクルのクラウドを活用したMSPとしてのビジネスボリューム、同事業に携わる人的リソース確保の計画など、いくつかの条件をオラクル側と擦り合わせたうえで、追加の契約を結ぶことになりそうだ。ディスカウント率などは当然、ビジネスボリュームによって変動する。
また、今年2月にローンチした新しいクラウドパートナープログラム「OPN Cloud Program」との直接の関連はなく、独立した新しいパートナープログラムとして立ち上げられたこともポイントだ。というのも、オラクルがCloud MSP Programを打ち出した背景には、OPN Cloud Programの課題が顕在化してきたという事情があるのだ。日本オラクルの担当者は、「OPN Cloud Programは、オラクル側が設定した基準が満たされているかどうかに沿ってパートナーのランク、レベル分けをしている。しかし、パートナーがオラクルのクラウド商材を再版する場合は、自身のいろいろなインダストリーナレッジや保守のノウハウ、移行に対するスキルセットなどを一緒に売るわけで、それこそが利益の源泉になる。OPN Cloud Programではそこをカバーできていなかった。従来のビジネスのように、パートナーが利益を上げていたポイントを、クラウドビジネスのパートナープログラムにも反映させようというのがCloud MSP Programの趣旨」と説明する。
DB一次保守対応パートナーがカギ
日本国内での展開については、IaaSと同様、年内から年明けをめどに具体的な方針が固まる予定だ。クラウドビジネスを加速させるための新施策ではあるものの、まずは少数のパートナーに個別にプログラムへの参加を促していくことになりそうだ。「パートナーにとってのメリットをもっと明確にしたうえで、それをご理解いただけるように、個別の協業プランを作成しながら契約までもっていくことになるだろう」というのが、日本オラクルとしての見解だ。
より具体的には、Oracle Databaseの一次保守を手がけているパートナーを、Cloud MSP Programパートナーとして掘り起こしていく。向こう1年で、国内のCloud MSP Program参加パートナーは10社前後になる見込みだが、日本オラクルの担当者は、「クラウドビジネスはパートナーも試行錯誤の状態。一つの基準になり得る取り組みだと思っている」と意欲をみせる。