【カリフォルニア発】米オラクルは、現地時間9月18日から22日までの5日間、米サンフランシスコで年次イベント「Oracle Open World(OOW) 2016」を開いた。メインイベントともいえる創業者のラリー・エリソン会長兼CTOによる2回の基調講演は、競合に対する歯に衣着せぬ批判も飛び出すことから例年大きな注目を集めているが、今回前面に押し出したのは、IaaSへの注力と、この市場で群を抜くトップブランドとして君臨するAmazon Web Services(AWS)への「ライバル宣言」だ。オラクルとしては、明らかに新機軸といえるメッセージだが、果たして、真のねらいは――。(本多和幸)
クラウドの売上高比率が10%を超える

ラリー・エリソン
会長兼CTO 米オラクルは、エリソン会長が2年前のOOW 2014で「No.1クラウドベンダーになる」と宣言したことに象徴されるように、近年、クラウドへの注力が顕著だ。直近の2017年度第1四半期(6月~8月)決算発表では、クラウドビジネスの売上高が9億6900万ドル(前年同期比59%増)を記録し、全売上高(86億ドル)の10%を超えたと発表している。同社の従来の中核事業であるソフトウェアライセンスの売上高は前年同期比11%減とかなりの落ち込みをみせたが、クラウドの成長がそれをカバーし、全体の売上高を前年同期比2%増まで持ち上げたかたちだ。ただ、これは裏を返せば、オラクルが今後成長を続けるためには、ソフトウェアライセンスの落ち込みを上回るペースでクラウドビジネスを継続的に伸ばしてくことが不可欠になっているということでもある。
これまでのオラクルのクラウドに関する戦略は、明らかにSaaS、PaaSの優先度が高く、IaaSの存在感は小さかった。SaaSベンダーの買収やクラウドネイティブな業務アプリケーションの開発に大きな投資をしてきたし、圧倒的なシェアを誇ってきたデータベース・ソフトの技術力とノウハウを生かし、基幹系システムのクラウド化ニーズにも十分に耐え得るPaaSの提供を指向してきた。実際、オラクルが自社のクラウドビジネスについて説明する際、「SaaSベンダーとしては、すでにセールスフォース・ドットコム(SFDC)に次ぎ、世界2位のビジネス規模を誇る」というフレーズが、少なくとも昨年までは定番のフレーズとして聞かれたし、OOW 2015では、エリソン会長が「SaaSとPaaSを合わせた売上高でSFDCを超える」とも宣言していた。17年度第1四半期の決算をみても、SaaS、PaaSの売上高は合計で7億9800万ドルで、前年同期比82%増と非常に好調だった。一方、IaaSは売上高1億7100万ドル、前年同期比7%増と、まだまだ売上高が小さいにもかかわらず、伸び率も小さい。エリソン会長は、クラウドビジネスをオラクルの成長を支える柱として盤石なものにするために、IaaSのテコ入れが必要だと考えたようだ。まさに、全方位でクラウドビジネスの拡大を図ろうとしているようにみえる。
ターゲットはSFDCからAWSに
今回のOOW 2016でエリソン会長が打ち出した具体的なメッセージは、「非常に信頼性の高いIaaSを、AWSよりもずっと安く提供する」というものだった。エリソン会長は初回の基調講演で、「新たな考え方でデータセンターを世界中に構築し始めている。リージョンごとに、比較的近い距離の三つのデータセンターを光ファイバーでつないで一つのクラスタにまとめ、同じデータを複製、共有する仕組みをつくることで、単一障害点を排してフォールトトレラントなインフラを整備した。リージョン間を超高速、低レイテンシで接続したDRの仕組みをつくることもできる」と説明した。さらに、「こうした高い安全性、信頼性を備えているにもかかわらず、AWSの価格体系と比べて、コアが2倍、メモリも2倍、ストレージは4倍、I/O性能は10倍でもより安く提供できる。これでオラクルを選ばない手はない。AWSはこれから先、深刻な競争に苦しむことになる」として、IaaSでのAWSに対する優位性を強く市場に訴求していく方針を示した。
PaaSに関するメイントピックを紹介する際にも、AWSへの強い対抗意識をのぞかせた。オラクルはOOW 2016で、企業がオラクルの各種クラウドサービスと完全な互換性をもつ垂直統合型マシンを自社データセンターに置き、管理運用はオラクルが行うサブスクリプションモデルのフルマネージドサービス「Oracle@Customer Service」を拡張することを明らかにした。エリソン会長は初回基調講演のなかでこれに触れ、「例えばオラクルのデータベースなら、オンプレミスでソフトウェアライセンスを購入する、あるいはDBマシンの『Exadata』を購入するというやり方があるし、@Customer Serviceも選べる。もちろん、パブリッククラウドの当社PaaSでも利用できるし、AWSでもMicrosoft Azureでも使える。一方で、AWSの(DWHである)RedshiftはAWSのパブリッククラウド上でしか動かない」と強調した。さらに、2回目の基調講演でエリソン会長は、個別のサービス、機能でいかにAWSよりもオラクルがすぐれているかを熱弁するとともに、AWSを「究極のロックイン」と批判。「IBMのメインフレームよりも閉鎖的」とまで言い放った。
市場にインパクトを与えることには成功
日本のメディアも含め、世界中のメディアが一斉に報じたエリソン会長のこれらの発言は、かなりのインパクトがあったといっていい。ただし、エリソン会長の“口撃”に、AWS側が痛みを感じているかはまた別の問題だ。少なくとも現時点では、IaaSの市場でオラクルをAWSのライバルだとみる意見はごくごく少数派だろう。後発であるオラクルとしては、エリソン会長という希有なタレントが刺激的なメッセージを発し市場に波紋を起こしたことで、マーケティング戦略上は十分な成果を得たということなのかもしれない。
IaaSはコモディティ化が進みつつある領域であり、かつてオラクル自身が主張していたように、「より上のレイヤで勝てるかどうかがクラウドビジネスの成否を決める」という考え方が市場では支配的だ。そうしたなかで敢えてオラクルがこのタイミングで打ち出したIaaSへの本格注力という施策が、同社のクラウドビジネス全体をどの程度後押しすることになるのかは注目に値する。