IBMが、2017年に施行する新たなパートナープログラムを発表した。バージニア・ロメッティ会長・社長兼CEOは今のIBMを「コグニティブとクラウドの会社」と表現しているが、新たなプログラムでは、パートナーがその領域でのビジネスを伸ばすのに必要なスキルセットを定義。パートナーにビジネス変革の必要性を説く段階から、IBMの方針に賛同するパートナーへの具体的なメリットを提示する段階へと移りつつある。(日高 彰)

PWLCで発表された新パートナープログラムでは「顧客価値のためのコンピテンシー」が強調されたパートナーの変革投資にインセンティブを発生
米IBMは2月16日、米オーランドで開催したパートナー向けイベント「PartnerWorld Leadership Conference(PWLC)2016」で、全世界のIBMパートナーに対して今年から来年にかけての戦略を説明した。ロメッティCEOは、すべての企業がいわゆる“デジタル・トランスフォーメーション”を目指す現代において優位性を得るには、デジタル化のみならずプラスアルファの要素が必要と指摘。その要求に対してIBMは、AI(人工知能)を超える「コグニティブ・コンピューティング」を提供し、顧客の競合に対する差異化を支援するとしている。(『週刊BCN』1618号・3面TOP NEWS参照)
ロメッティCEOはPWLCの基調講演で「IBMはコグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社」と述べ、パートナーも「コグニティブ」と「クラウド」を今後の主力商品に据えてほしいという姿勢を明確化した。PWLCの開催に合わせて、IBMは17年より導入する新パートナープログラムは、IBMの新たなビジネスに投資するパートナーに対して、より多くの報奨を生む内容になっている。
具体的には、コグニティブ・コンピューティングに加え、IBMが近年の戦略的な成長分野としているCAMSS(クラウド、アナリティクス、モバイル、セキュリティ、ソーシャル)や「IBM Watson」などの領域で、パートナーに習得を推奨するスキルを「コンピテンシー」(能力、力量などの意)として定義し、その達成度に応じた還元を行う。コンピテンシーには、IBMのソリューションに関する知識だけではなく、業界・業種ごとに要求される専門性なども含まれており、「顧客の成功・満足を最重視する」という報奨方針にもとづいている。そして、高位のコンピテンシーを達成するために、パートナーが一定の投資を行った場合にインセンティブを発生させるシステムも加える。パートナーに「次は何をすべきか」を提示するだけでなく、示された方針に賛同しアクションを起こすパートナーに対しては、より手厚く支援する意向を明確化したかたちだ。
また、IBMが提供するSaaSに関する新しいインセンティブモデルもアナウンスし、契約の発生時のみならず、顧客のSaaS利用が継続する間、顧客が支払う料金の一部がパートナーに還元され続けるモデルを導入する。米IBM グローバル・ビジネス・パートナーズのマーク・デュパキエ・ゼネラルマネージャーは、「ゴールは明確で、業界で最も潤沢なSaaSインセンティブを提供することだ」と述べ、長期的な利用のコミットメントを獲得した場合は、インセンティブをさらに積み増す施策なども導入する。
コグニティブは既存パートナーにもチャンス
デュパキエ・ゼネラルマネージャーは、「コグニティブは、新規パートナーはもちろん既存パートナーのためのビジネスでもある。既存パートナーは、どのようにスキルを転換し、磨いていくかが重要となる」と話し、新たなコンピテンシーモデルは、パートナーのビジネスをより付加価値の高い領域へシフトするためのロードマップになると説明する。
デュパキエ・ゼネラルマネージャーによると、従来パートナー向けには、IBMの各製品にひも付くかたちで170もの製品知識が設定されていたという。新たなパートナープログラムでは、これを44のコンピテンシーに再編成し、内容も技術面を中心にしたものから、顧客のビジネスの成功を目的としたものに改める。ただ、必ずしもゼロから知識を学び直す必要はなく、パートナーがすでにもつスキルに若干のフォローアップをする程度で達成できるコンピテンシーも少なくないとしている。
今回のPWLCでは、CAMSSやコグニティブ・コンピューティングを導入し顕著な効果を得られた事例が多数紹介されたが、講演中に各担当者が言及した事例のほとんどは、以前からIBMと関係のある既存パートナーによって構築されたものだった。「コグニティブは破壊的な革新をもたらす」とする一方で、パートナーにとっては決して過去と不連続なビジネスではなく、これまで蓄積してきた技術や顧客との関係を活用できるというのが、IBMのメッセージだ。デュパキエ・ゼネラルマネージャーも、「製品の知識と業界の知識の両方があって、初めてコグニティブビジネスは成功する。どちらかだけでは成立しない」と指摘し、顧客の業界を熟知しているパートナーだからこそ、業界のビジネスモデルを変えるようなイノベーションを起こすことができると強調する。
変革の必要性を説くのは昨年で終わり
2年前のPWLC 2014で、IBMはパートナーに「ビジネス・トランスフォーメーションなくして成長なし」と説き、“箱売り”から脱却しCAMSSで新たな価値を創出する必要性を訴えていた。x86サーバー事業を売却した昨年は、より収益性の高い領域に移行するためにビジネス・トランスフォーメーションが必要としていた。今年も、会場のあちこちで“トランスフォーメーション”という言葉が聞かれたが、変革の必要性を議論する段階は過ぎ、CAMSSやコグニティブで何を提供すればビジネスが拡大し、その実現のために何が必要か、といった話題が中心だった。
日本IBM パートナー事業・アライアンス事業統括本部長の岡田和敏・執行役員は、「昨年は日本のパートナー各社もCAMSSにトライしてみるという段階だったが、今年の関心はすでに、それらの規模や収益性をいかに高めるかに移っている。しかも、IBMと組んでグローバルにビジネスを展開しようという意向をもつパートナーが少なくない」と話し、ITに対して保守的とされる日本市場でも、IBMの考え方は十分受け入れられているとの見方を示す。
新たなパートナープログラムの施行まではまだ10か月の期間があり、44のコンピテンシーについても、何段階かにわけて順次パートナー向けに案内される予定だという。IBMは今年いっぱい世界のパートナー各社と議論を重ねながら、“コグニティブの売り方”の勝ちパターンを描いていく方針のようだ。

米IBMのマーク・デュパキエ・ゼネラルマネージャーと日本IBMの岡田和敏・執行役員