リーマン・ショックによって、市場全体が落ち込んだものの、徐々にもち直した日本。とくにIT業界では、2015年の市場環境について、ITベンダー各社の経営トップが「楽観視はできないものの先行きは明るい」などの見通しを示し、強気の姿勢でビジネスに取り組もうとしている傾向が高まっている。このような状況は、とくに東京でのビジネスが中心のITベンダーに多くみられる。一方、「国内2位のIT市場」といわれている大阪では、リーマン・ショックのダメージが大きく、ようやく底から抜け出したというところで、決して東京のように潤ってはいない。しかし、徐々にではあるが案件が出始めており、また別の観点からは観光客などの増加によって、ホテルや百貨店など、消費者を顧客対象とした企業が成長を遂げて、次のステップでIT化に取り組む可能性が高い。大阪のIT市場は今、どんな状況になっているのだろうか。(佐相彰彦)
案件は増えているものの……
年始に開催された協会や団体の「2015年賀詞交歓会」。東京で開かれた賀詞交歓会に参加すると、懇親の場で多くの参加者が強気の発言を交わしていた。ユーザー企業の多くがITシステムへの投資意欲を高めていることが強気の背景にあるといえる。ユーザー企業の姿勢も変化しており、「攻めの経営」を意識したシステム化を進めようとする動きも出始めている。2015年は、「楽観視はできないものの先行きは明るい」と、大半の参加者が口を揃える状況になるのは間違いなさそうだ。
大阪の賀詞交歓会では、「案件が増えている」という話が聞かれた。そのような状況を口にしていたのは中堅ITベンダーが多く、今年に入ってからもますます好調だという。そういう様子をみれば、大阪にも明るい兆しが出てきているといえそうだ。
では、なぜ案件が急激に増えてきたのか。それにはベンダー各社の動きも関係している。リーマン・ショックは、日本経済全体にマイナスの影響を及ぼし、大阪も大きなダメージを受けた。そのため、大阪を本拠地とするITベンダーの多くが復活を目指して取り組んだのが、案件を開拓できる見込みが大きい東京でのビジネスを拡大することだった。人員をシフトするなど、東京の体制を厚くし、代わりに大阪の体制を薄くした。ところが、ここにきて大阪も徐々にシステムのリプレース需要が出始めている。しかし、大阪での案件に対応できる体制が整えられていない。というわけで、大手ITベンダーが依頼を受けた案件が中堅ITベンダーに回っているというわけだ。
名古屋にはトヨタ自動車があり、広島にはマツダがある。その点、大阪には電機や繊維などの業界で大手企業が存在するものの、地域を代表する「突出した業界が存在しない」というのが実状だ。大阪を本拠地とする大手企業が、さまざまな業界で存在していることから、大阪は「国内2位の市場」といわれている。しかし、地場を代表する業界がないだけに、市場が落ち込んだ際には人員削減などの検討候補に挙げられるのが大阪である。中堅ITベンダーで案件が増えたのは、大阪の大手ITベンダーでITに関わる人員が減ったことが一番の要因とみられる。実際、「案件はあるのだが、うちも人員が足りなくて断っているケースもある」と打ち明ける中堅ITベンダーもいる。
コスト面の要求が厳しい
中堅ITベンダーを中心に案件が増えたというのは喜ばしいことではあるが、それで大阪IT市場が拡大する可能性があると考えるのは早計だ。「コスト面をいえば、以前にも増して厳しい状況」というのが、ITベンダー各社の共通意見だ。そのため、柱に据えて提案するようになったのはクラウドサービスだ。自社のデータセンターで提供するサービスや、パブリッククラウドサービス「AWS(Amazon Web Services)」の活用を提案している。また、オンプレミス型システムでは、初期投資が高いもののライセンス料などを含めてトータルコストが低いOSS(オープンソースソフトウェア)に対するニーズも高まっている。
このような状況を踏まえると、決して先行きが明るいとはいえないものの、国内第2位の市場規模をもつ大阪のIT市場は、ビジネスチャンスがつかめる可能性もまた大きい。大阪駅前の再開発、ハリウッド映画を中心としたテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」、日本文化を味わえる奈良や京都に近い、などの理由で大阪市を中心に訪日外国人などの観光客が増えている状況でもある。ホテルや百貨店、複合商業施設などの業績が好転することによって、次のステップとしてITシステムを強化する動きも出てきそうだ。
「byDIET」で大阪IT市場を活性化
大阪IT市場の活性化に向け、近畿経済産業局(近畿経産局)では組み込み技術によるイノベーション創造を目指した「byDIET(Digital Information/Internet Embedded Technology)プロジェクト(byDIET)」の取り組みを14年度(15年3月期)に開始した。14年度が終わろうとしている今、一定の成果が出てきているという。
byDIETとは、さまざまなIT技術を生かして関西の産業活動からイノベーション創出を目指す事業を指す。「スマートヘルスケア産業創出」「IT活用イノベーション」「セキュリティ対策/知的財産対策」「IoT/IoEビジネス研究」という四つのテーマを掲げて製造業をはじめとする中小企業の革新を図っていくものだ。近畿経産局の石原康行・情報政策課長は、「大阪には、小さいながらも競争力のある『モノづくり企業』が多い。中小規模の製造業者などで、国内外を問わず通用する企業を輩出できるような仕組みを構築することが重要」と判断している。
四つのテーマのなかで、現段階で成果が上がっているのがスマートヘルスケア産業創出だ。健康管理や健康増進などをコンセプトに新しい製品・サービスを創出した企業として近畿経産局が20社程度をセレクト。来年度には、その企業と販売会社をマッチングさせて製品・サービスが広がる環境を整える。
ビッグデータやクラウドがカギ

近畿経済産業局
石原康行
情報政策課長 近畿経産局の施策を受けて、関西地域の産業の発展と地域の活性化に寄与するために研究会などを実施している関西情報センター(KIIS、森下俊三会長)は、今年度(15年3月期)の取り組みとして、「セキュアサポート」「スマートヘルスケア」「災害時の情報共有システム」「オープンデータ・ビッグデータ」を重点テーマとしてIT化や産業の活性化に関する普及・啓発活動を進めている。一例を挙げれば、調査事業「e-Kansaiレポート」でアンケートを実施。理事で情報化推進グループ事業推進グループグループマネジャーの深野二郎氏は、「3月末に一度精査しなければ具体的なことは言えないが、とくに今年度から重点テーマに据えた『オープンデータ・ビッグデータ』について、多くの自治体や企業が興味を示している。当協会の賛助会員をはじめ、国の機関や地域の団体と連携しながら取り組みを推進していく」との考えを示している。
e-Kansaiレポートでは、昨年度、「クラウドコンピューティングの活用」をテーマに調査したところ、「短期的なコスト削減だけでなく、必要な組織力をいかに確保してサービスレベルを維持・向上させるかが重要になるなど、クラウド化は経営革新の試金石だということがわかった」(深野グループマネジャー)という。
実際、大阪ではビッグデータやクラウドに高い関心を示すユーザー企業が多く、とくにクラウドに関してはITベンダー各社が提案の選択肢に入れて導入を促すケースもあるようだ。