旧サン・マイクロシステムズが「SunWorld」で初めて「Java」を公開したのが1995年5月23日。オープンソースソフトウェア(OSS)の開発と利用を軸に事業展開するサイオステクノロジーの創業日(最初の社名はテンアートニ)は、これと同じ日だ。OSSを扱うITベンダーとして、オープンソースの普及にも積極的で、日本にある各種OSSのファウンデーションに参画している。OSSのエンタープライズ(法人向け)ビジネスは、ようやく日の目をみた。今は、先行者利益を得る段階で、数多の仕掛けが効き始めている。(取材・文/谷畑良胤)
1999年といえば、Windows全盛期。この年にサイオステクノロジーは、洋食チェーン店「ニユートーキヨー」と共同で日本発のOSS業務ソフトウェア「セルベッサ」をインターネット上に公開した。日本でグーグルのホスティング型アプリケーション「Google Apps」の存在が薄い当時、これと顧客の既存情報システムを直接連携させるサービス「SIOS Integration for Google Apps」を開始。OSSコミュニティに対する取り組みはひと通り行ってきた。
同社はGoogleをエンタープライズに提供する代表的なITベンダーとして頭角を現す。Googleが提供するモバイルOSの「Android」が出回る相当以前の話だ。いまや「Android」は、モバイルの世界でトップシェアを得ているが、同社社長の喜多伸夫は、まるでこの状況を予見していたかのように、先手を打っている。喜多は「OSSコミュニティとのつき合いはグローバルだ」と考えて、当時から積極的に海外へ出た。世界に目を転じれば、先が読めるといわんばかりだ。
HA(高可用性)クラスタソフトウェア「LifeKeeper」の米国の開発元を2006年に買収したことで、エンタープライズ市場向けに照準を合わせたが、これも、喜多にいわせれば「たまたま」で、コンシューマ向けで活躍する場も検討していたようだ。例えば、2011年頃、Linux FoundationがLinuxをベースにしたモバイル端末向けOSSプロジェクト「Tizen」にも参画。iOSやAndroidに並ぶモバイルOSプラットフォームの誕生だが、依然として上位二つのOSに対抗できる布陣を敷けたかどうかを判断するのが難しい状況にある。だが、喜多には確かな商機がみえているようだ。

サイオステクノロジーの喜多社長は、米国で開催される大手ITベンダー主催イベントに足繁く通い、最新情報を入手している(本文と写真は関係ありません) 同社のOSSに対する取り組みは半端ではない。2000年に世界最大のLinuxディストリビュータの米レッドハットと戦略提携したのに始まり、その後、米JBossとも戦略的パートナー契約を締結した。OSS関連のクラウドサービスや受託開発サービスなど、導入・活用支援を続けている。喜多は「エンタープライズ+クラウドは、必ずブレークスルーする」と判断した。同時並行で長い期間をかけて蓄積したOSSの技術力は、活躍の場を急激に拡大するとの見立てだ。
今、クラウドを中心とするサービス比率は、売上高の1割程度。喜多がいう「10年プラン」の目標は、1000億円(13年12月期は約60億円)だ。この到達の肝は、「グローバルにいかに展開できるかだ」と喜多は断言する。現在、市場としては、米国だけでなく、中国で「LifeKeeper」での展開をはじめ、アジアにも拡大している。
喜多には、一つの持論がある。「エンタープライズ向けのソフトベンダーはなくなる」というものだ。この連載で1stホールディングスの内野弘幸社長が言っていた「純粋なISVはなくなる」との指摘とは若干異なる。喜多のそれは、ライセンス販売が消え、従量課金制もなくなるということだ。今、喜多は自動運転式の自動車開発を目論んでいる。同社の技術力の集大成だという。[敬称略]