中部圏に、全国的に知られるソフトウェアがある。名古屋に本社を置く日通システムの就業・勤怠管理システム「勤次郎」と、岐阜市のテクノアが提供する生産管理システム「TECHSシリーズ」だ。厳しい要求で知られる大手製造業と関連する取引先の工場が多い土地柄で磨かれた両製品を、地元ITベンダーは羨望のまなざしで見ている。SFA(営業支援)/CRM(顧客情報管理)パッケージ「戦略箱」を開発・販売する岐阜市のインフォファームも、そんな一社だ。(取材・文/谷畑良胤)
インフォファームの「戦略箱」がターゲットとする領域は、2000年にリリースした当初から競争が激しかった。日通システムの「勤次郎」は、就業・勤怠管理システムが一般的でなかった時代に開発して先行者利益を得ている。テクノアの「TECHSシリーズ」も出荷本数で8年連続トップで、安定した基盤がある。両社ともパイオニアとして市場を切り開いたからこその強みをもっている。
これに対して、インフォファームの「戦略箱」が対象とするSFA/CRM市場は、すでに参入ベンダーが多く存在していて“肥沃”ではない。現状をいえば、外資の巨人ベンダー、セールスフォース・ドットコム(SFDC)に負けない製品力と体力がなければ勝ち残れない。
そこで、社長の辻博文が目をつけたのは「定着率」だ。顧客に販売する前に「戦略箱」を自社導入し、実際に業績を上げたことを後ろ盾として拡販することを決めた。「定着が難しいといわれているSFA/CRMだが、当社の『戦略箱』は90%以上の定着率だ」と、使い勝手のよさを強調する。最近、「かゆいところに手が届き、SFDCのサービスよりGUIが使いやすいとの評価をいただく機会が増えた」(辻社長)こともあって、某大手販売会社との提携を実現した。
一般的にヒットしたパッケージソフトは、一定のシェアを獲得し始めると、関連機能の製品を開発して、横展開で既存顧客のシステム・ボリュームを上げる策に出る。「戦略箱」の場合、前号で触れた通り、最初のうちは鳴かず飛ばずの状況だったので、使いやすさを前面に押し出して売りまくった。

インフォファームの中国現地法人「映福法磨貿易(上海)」は、現地で積極的に製品をアピールする(MIJSが開催したMIJSカンファレンスin上海で、現地法人の大沢正道・董事 総経理が講演) 会長の辻正は、ある情報誌でこう語っている。「米国製やヨーロッパ製のソフトの物まねではない『日の丸ソフト』を掲げ、世界で戦っていくのが私の悲願だ」。その言葉通り、2010年8月に中国・上海に現地法人を設立し、世界進出の口火を切った。社長の辻が言うように、「きっかけは、国内の既存顧客の多くが中国へ進出したことで、現地サポートが重要になると考えたことだ」と、必要にかられてのことだった。
それでも、中国では「戦略箱」に限らず、画像選択方式の本人認証「LockTile」や出資先が開発した次世代認証システム「カメレオンコード」、事業譲渡で得たBIツール「Bird'sView」など独自製品で市場を開拓しつつある。同社のベンチャー・スピリットは変わらず、次々に新製品が登場する。中国では、日系企業を中心にコピー機やオフィス機器の販売も始まり、こうした色合いの異なる独自ソフトが納入先に売れる流通ができつつあるのだ。
一発当てたい──。そんな思いを込めて始めたソフト開発。「そのためには、もう一段のひと工夫、ひとひねりが必要。まだ、成功したとはいえない」。社長の辻は、“新しい弾”探しに社内に種をまき続ける。次の展開として見定めているのが、クラウドやスマートデバイスに関連した商材だ。地場に根を張り、地元だからこそ知り得るユーザー企業のITの悩みのなかから、ヒット商品が生まれてくるかもしれない。[敬称略]