2012年9月の尖閣諸島問題に端を発した日中衝突から半年。中国の反日感情がくすぶり続けるなかにあって、現地に進出する日系SIerにも少なからぬ影響があったのは事実だ。しかし、一方で関係改善の兆しも少しずつではあるが、着実に現れ始めている。この半年間、日系SIerにどのような変化が起こり、今後、どうなるのか。現地取材を通じてレポートする。(取材・文/安藤章司)
日中SIerのビジネスに明るい兆し
期待できる「関係改善」
●地場ビジネスに及ぶ影響は大きく
日系SIerの中国ビジネスは、(1)中国地場企業や中国政府関連向けビジネス、(2)日系ユーザー企業向けビジネス、(3)日本向けオフショアソフト開発ビジネスの大きく三つの形態に分かれる。このうち2012年9月の日中政治摩擦の影響を最も強く受けたのが、(1)の地場企業や中国政府がらみの案件を手がけている日系SIerである。
あるSIer幹部は、「昨年9月まで、多少の凸凹はあっても順調に積み上がってきた売り上げが、反日デモを境に伸びがピタリと止まった。まるで心電図の波形がフラットになったかのように、年末までビジネスは動かなかった」と話す。中国政府系の公共案件が多いSIerであればあるほど、こうした傾向は顕著で、「あれ? 本当に中国市場から必要とされていないのか」(別のSIer幹部)と、自問自答する日々が続いたという。中国法人は通常1~12月が事業年度であり、日本でいうところの1~3月に相当する“年度末商戦”のかき入れ時を政治摩擦の影響が直撃したのも痛かった。
ただ、日系SIer全体でみると、幸か不幸か、地場企業や公共系の案件を手がける割合はそれほど高くなく、グループ全体の業績への影響は軽微だった。反日の嵐が吹き荒れるなかでも、製造業や流通・サービス業、金融といった日系ユーザー企業は、中国ビジネスを縮小したり、中国市場から撤退するといった動きはほとんどなく、「むしろIT投資という面では、この半年間、拡大させてきた」(前出のSIer幹部)。したがって冒頭の(2)のカテゴリに属する日系ユーザー企業向けのビジネスをメインとする日系SIerにとっても、反日の影響は軽微だったといえる。
●あるニュースが注目集める
日系ユーザー企業をメイン顧客とするSIerであっても、「いずれは巨大な中国地場市場へ進出したい」という願望は根強い。日系企業メインのビジネスでは、将来の売り上げの伸びに限界があるし、社員のキャリアパスも描きにくい側面があるからだ。とはいえ、今回の日中政治摩擦によって、中国地場市場、ましてや公共案件に食い込むハードルはさらに高くなった可能性がある。グローバルビジネスの経験が、IBMやAccentureなどグローバルトップベンダーに比べてそう多くない日系SIerにとって、もともと中国の地場市場への進出のハードルが高かったこともあって、「当面は日系ユーザー企業をメインにビジネスを続ける」(大手日系SIer現地法人幹部)と、静観するケースが少なくない。
この3月上旬、記者が中国で取材を行っている最中に、一本のニュースリリースが日系SIerの間で注目を集めた。野村総合研究所(NRI)グループが北京の都市開発のマスターデベロッパーである北京科技商務区建設と戦略提携に関する協議書を締結して、中国首都への都市インフラ輸出の展開を支援することを発表したという内容だ。日本の情報サービス業のトップベンダーの1社であるNRIが中国での公共案件に関して発表したのは、多くの日系SIerにとって間違いなく朗報である。
今回、NRIグループが協議書を結んだ北京科技商務区建設は、中投発展有限責任公司(CIDC)と北京市昌平区が共同出資している会社で、北京市中心部から北西に20km離れた北京市昌平区にある「北京科技商務区(Beijing Technological Business District:TBD)」の開発を推進している。北京市の副都心として、開発が進められようとしている場所だ。NRIグループで事業の推進役を担うのは、主にコンサルティングを担当する中国法人のNRI上海。中国の首都北京への都市インフラ輸出に関連する支援活動に本格的に取り組むとともに、北京科技商務区建設との提携をテコに、他の中国ビジネスへの波及効果も狙っていくものとみられる。
●再開“ゴーサイン”なるか
NRI上海は、これまで多くの中国地方政府や団体に向けて、都市開発の戦略策定などのコンサルティングサービスを提供してきた実績がある。SIerが主力ビジネスと位置づけるシステム構築(SI)やITアウトソーシングとの直接的な関連は薄いものの、それでも、あるSIer幹部は「中国各地の政府系団体や企業は、日系企業に発注してもいいものかどうか上層部の顔色をうかがっている状況だ」といい、今回のNRIグループと北京科技商務区建設の発表が、ある種の“ゴーサイン”となってプラスの影響を与えることに期待が高まっている。
社会主義市場経済の中国の経済発展は、やはり国や地方政府が主導することが多く、どのようなビジネスを展開するにせよ、地元政府との良好な関係は欠かせない。だからこそ日中間の政治摩擦は、多かれ少なかれ中国ビジネスに影響を与えてしまうことになる。

多くの顧客で賑わうNSSOL上海法人の創立10周年記念パーティ

新日鉄住金
ソリューションズ
謝敷宗敬社長
アジア成長市場で積極的なビジネスを展開する新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)も、昨年秋に開催予定だった上海法人設立10周年の記念パーティを延期せざるを得なかった。だが、今年に入って「開催できる雰囲気になった」(NSSOL上海法人の東條晃己総経理)として、2月27日、上海市内のホテルで総勢200人ほどの顧客を招いて創立10周年記念パーティを開いた。
パーティの会場に日本から駆けつけたNSSOLの謝敷宗敬社長は、「これからも中国で顧客とともに成長する」と、中国ビジネスに対する強い意欲を表明した。周囲を見渡すと、今年創立10周年を迎えるのはITホールディングスのTIS上海や、三菱商事と野村総合研究所(NRI)の合弁会社のiVision上海などがある。NSSOLの10周年イベントの成功を踏まえて、TIS上海の小川真司総経理は「ぜひ当社も検討したい」と、記念イベントの開催に前向きの姿勢を示している。
●オフショアは「島よりも円安」に打撃
日中間の情報サービスビジネスで欠かせないのが、冒頭の(3)中国での日本向けオフショアソフト開発ビジネスである。この領域は昨年9月の政治摩擦ではほとんど影響を受けなかったものの、昨年末から断続的に続く円安で大きなマイナスの影響を受けた。対日オフショア開発を手がける中国地場の大手SIer幹部は、「島(尖閣諸島を指す)よりも円安の影響のほうがはるかに大きい」と明かす。
この幹部は、「周囲から(日中政治摩擦を受けて)『日本向けのビジネスを手がけているのは、なんて運が悪い』といわれることもあるが、実際は島に起因する業績への影響はまったくないといってもよく、それよりも円安対応に力を注いでいる」と、いわゆる一連の「アベノミクス」の影響のほうがインパクトが大きいと話す。実際、円安に加えて中国の年率10%ともいわれる人件費の高騰、あるいは、中国国内のインフレ、日本国内のソフト開発案件そのものの減少など三重苦、四重苦に襲われている状況だ。
中国の対日オフショア開発を手がけているSIerも、ただ手をこまぬいているだけではなく、上流工程への進出や、大都市圏以外での開発拠点の拡充、SE一人ひとりの生産性の向上といった取り組みを加速させている。次ページから、より詳細に中国ビジネスの現状を分析する。
IT活用度が高まる巨大市場
日中ベンダーが協業関係を強化
日中間で政治摩擦が起きていても、中国が巨大な市場であることには変わりはない。IT活用度も飛躍的に高まっており、消費市場に向けた販売管理やCRM(顧客管理)、SFA(営業支援)、代理店管理など一通りの業務システムを揃え、維持管理していくニーズが急拡大している。ここにビジネスチャンスを見出した日中双方のSIerやITベンダーは、力を合わせて逆風を乗り切ろうと懸命に努力している。
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