日本のITベンチャー企業が、グーグルやヤフーなど世界的に有名な大手ネットサービス企業と通信事業者13社を特許侵害で訴えた。訴訟を起こしたのは、データ送受信サービスのイーパーセル(北野譲治社長)。従業員数わずか8人の零細企業だ。無謀とも思える行動だが、意外にも、すでに5社とライセンス契約を締結。相手は事実上、負けを認めた。残り8社に対しても「絶対に負けない」と、北野社長は強気だ。訴えを起こすに至った経緯や、「訴訟で儲けるつもりはまったくなかった。理由はほかにある」という真意をたずねた。(聞き手●木村剛士)
データ送受信サービスで11件の米国特許技術を取得
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イーパーセル 北野譲治社長 |
──日本のITベンチャーが、グーグルやヤフーなど、海外の大手13社をほぼ同時期に訴えたことで、イーパーセルは業界で大きな話題を呼びました。ここで改めて、訴訟を起こした経緯を聞かせてください。
北野 イーパーセルは、セキュアな環境で簡単にデータを送受信するための情報システムをすべて自社開発して、それを使ったITサービスを販売しています。サービスを支える技術で、11件の特許を取得しています。今では、あたりまえの技術から、かなり特殊なテクノロジーまで、どの企業よりも先に開発してきたつもりです。数多くの特許を取得することができたことが、それを証明していると思います。
私たちは、現在のビジネスを始めてから、自社の特許を侵害しているものがないかどうかを常に調べていました。そして、世界には侵害しているものが無数に存在していることを、だいぶ前から知っていました。ただ、それを一つひとつ解決するための時間もお金も人も、私たちにはありません。悔しい思いをしながらも、具体的な行動を起こしてはいませんでした。
提訴のきっかけになったのは、ある米国の特許運用会社から、私たちの特許技術を超大手企業が侵害していると、連絡をもらったことでした。最初はあまり相手にしていなかったのですが、話を聞いて情報交換しているうちに、これは明らかにおかしいと思い、負けない材料が揃っていると確信したので、訴訟に踏み切ったのです。
──5社とはライセンス契約を結び、すでに和解しておられますね。
北野 お互いが納得できる環境をつくりたかっただけですから、和解できたことはうれしく思っています。ほかの8社とも話し合いを進めていますので、そう遠くない将来に解決することができるはずです。
──下世話な質問ですが、和解したことで、御社は相当の利益を得られるのではありませんか。
北野 そう思われるかもしれませんね。だけど、訴えるまでの準備にかなりの手間がかかっていますし、私たちだけでやっているわけではありませんから、ほとんど利益はありませんよ。そもそも、利益を得るために訴えたわけではありませんから。
示したかったベンチャーの底力
中小企業にエールを贈る意味も
──先ほど、「負けない自信があった」とおっしゃいましたが、それでも訴訟を起こす前は不安があったと思います。自信以外にも、北野社長を動かす何かがあったのではないですか。
北野 「イーパーセルの技術力を知ってもらいたい」と思っていました。今回の訴訟で、私たちが開発した特許技術を大手が侵害していることが証明されれば、多くの方にイーパーセルという会社の存在を知ってもらえる。「有名ではないけれど、技術力は高い会社なんだな」と思ってもらうことができると思いました。
──失礼な言い方をすれば、「売名行為」とも受け取られるような……。
北野 売名行為といわれれば、確かにそんな面もあるかもしれません。実際のところ、当社のウェブサイトのアクセスは、訴えを起こす前に比べて200倍にも増えましたから。だけど、名もない小さな企業が、ビジネスを軌道に乗せることがいかに難しいか、わかりますか。本当に難しいんです。とくに日本ではね。特異な技術をもっていて、品質が高くても、なかなか売れません。日本のユーザーは、信用力と知名度がないと相手にしてくれませんから。大手企業なら、多くのスタッフと多額の広告費用をつぎ込んで、大々的にPRすることができるかもしれませんが、ベンチャーには無理です。
ベンチャーが成長するために越えなければならない最も高い壁は、知名度の不足です。製品には、どのITベンチャーも自信をもっているでしょう。私だってあります。ただ、よいモノが必ず売れるとは限りません。会社や製品の知名度を高めることは、製品開発と同じくらい重要なんです。
もう一つ言いたいのは、私たちのビジネスを伸ばすだけでなく、「ベンチャーでも技術力があれば巨象を倒すことができる」ということをほかのベンチャー企業に示したかったということです。私のように苦労しているITベンチャー企業の経営者がたくさんおられるはずで、その方々に向けて、エールを贈りたかったという気持ちも強かったです。
Company Profile
1996年に米国ボストンで設立。01年1月に日本法人を開設した。日本法人は、同年11月に米本社からすべての知的財産権(IP)を譲り受けて独立。大容量データを安全・確実に届けるサービス「e・パーセル電子宅配便」の開発・販売事業を主力にしている。このサービスを支える技術で、米国基本特許を11件もつ。国内の主なユーザー企業は、日産自動車や小松製作所など。北野社長は00年11月に入社し、04年11月に現職に就いた。