受託ソフトウェア開発中心の東北IT産業界は、東日本大震災の影響で、地元大手企業からの案件が激減した。さらには、震災直後の風評被害もあって、首都圏案件は西日本などの他地域に移った。期せずして、東北のIT産業界は、生き残りをかけた事業モデルの転換を迫られ、地場のITベンダーを取り巻くビジネス環境は激変している。
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[宮城県]東北電力の新規案件はゼロ
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東北6県の情報サービス産業売上高は、国内の2%弱を占める。宮城県内に限れば、「このうち3割程度は、東北電力の受託ソフト開発案件だろう」と、宮城県震災復興・企画部情報産業振興室の高橋・主幹兼班長は推測する。宮城県は東北電力や大手地銀などの案件を中心に、依然として受託依存体質が残る地域だが、この構図は震災で激変した。
宮城県のITベンダーは、多くが東北電力の恩恵を受けてきたが、震災を契機にこれが激減。年間売上高の半分近くが東北電力からの請負案件だったというSRA東北の阿部嘉男社長は、「東北電力からの仕事は、今年度(12年3月期)は前年度の半分。来年度は全盛期の4分の1にまで減る」と予想する。事実、東北電力の受託ソフト開発案件のうち、新規は12年度(13年3月期)まで凍結の見通しだ。13年度以降も、ソフト開発案件が戻る保証はない。SRA東北がかろうじて得ている案件は継続的に必要とされるソフト開発案件で、これすらも原発稼働問題で電気料金を上げられず東北電力の赤字が続けば、なくなることがみえている。
受託からパッケージに移行
受託ソフト開発の案件が減ったのは、なにも東北電力関連だけではない。宮城県は、東京エレクトロンの半導体工場や自動車関連工場など、大手メーカー系列の組立工場が多く、そこに組み込み系や制御系の受託ソフト開発業務が発生していた。
リーマン・ショック後に減っていた組み込み案件が、徐々に戻り始めた矢先の大震災だった。震災の影響を受けたキャロルシステム仙台の斉藤敏昭取締役は、「東北地方の製造工場が地震でストップしたことで、ソフト開発案件も止まった。それだけでなく、首都圏の大手メーカーからの案件も西日本地区や海外に流れた」と振り返る。首都圏の仕事に限っていえば、「被災地は大変で仕事を出せない」といういわゆる風評被害を受けたのだ。実際には、仙台市内のITベンダーの大半は、震災後1週間程度で業務を再開していた。
風評被害に、SRA東北はすぐに対応した。ただちに方向転換を図り、すでに実績を上げていた大学評価(研究者)データベース(DB)システム「DB-Spiral Version.2」の全国販売強化に踏み切る。阿部社長は「パッケージ販売の営業体制を拡充し、人員を厚くした」と話す。キャロルシステム仙台は、「リーマン・ショックの後、組み込み・制御系から業務アプリ開発に軸足を移していたので、影響は軽微だった」(斉藤取締役)という。
両社のように、以前から受託依存体質からの脱却を目指していたITベンダーの多くは、震災の影響を受けながらも、11年度の最終黒字を確保している。受託ソフト開発会社のトレックは、震災から昨秋まで、受託ソフト案件の獲得に悩んでいた。しかし、昨秋以降は首都圏からの業務アプリ開発やコンテンツビジネス向けウェブサイト構築案件などが増え、11年度(12年5月期)の決算は最終黒字の見通しだ。柴崎健一専務は、「リーマン・ショック後に、地元の受託案件のボリュームが目減りしていたので、方向転換を図っていた」と話す。今は求人活動を活発化すると同時に、ウェブサイトやスマートデバイス向けの画面をつくるデザイン部門を創設するなど、次に向けた対策を急ピッチで進めている。
4年前に受託ソフト会社として誕生したベンチャーのアンデックスは、震災後、以前から温めていたスマートデバイス向けのアプリ開発を開始。3G対応のAndroid向け物流・荷受け・配送・追跡システム「SMART-Transport 3G Android」をブレインと開発した。すでにモトローラの日本法人とも連携するなど、複数の案件が発生している。三嶋順社長は、「震災がなければ、あと数年は手をつけなかった事業だろう」と語る。受託ソフト開発は激減したが、引き出しの奥にしまってあった虎の子が窮状を救ったわけだ。
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