長崎県は、電子県庁システムの開発にあたって、オープンソースソフトウエア(OSS)を活用し、詳細な仕様書を作成して地場SIerに分割発注する「ながさきITモデル」を推進してきた。開始から8年目を迎え、新たな課題が浮かび上がっている。
自治体システムは、大手メーカーに開発・運用を一括発注することが多い。中小の地場SIerには、資本力や信頼・実績もなく受注機会が閉ざされていた。「ながさきITモデル」はこうした状況を打開するため、長崎県が開始した方式だ。当初は、独自の試みとして他の自治体やマスコミから注目を浴びたが、県内では賛否両論が展開された。
「それぞれの地場SIerに落ちてくる稼ぎは微々たるもの」。長崎県情報産業協会(NISA、加盟64社・法人)の岩永俊之・事務局長が口にする批判は、否定的意見の最たるものだ。ただ、高く評価している部分もある。大手メーカー系列のSIerが占めていた県庁の案件を中小の地場SIerが受注できるようになった点がそれだ。
長崎県は、「(ながさきITモデルは)事業にはなりにくいが、人材育成に貢献する」ものと位置づけてきた。島村秀世・長崎県総務部理事(情報政策担当)は、「昔は中央のITベンダーに稼ぎが吸い上げられる仕組みだったが、『ながさきITモデル』を開始して以降は、地域内で循環するようになった」と成果を語る。
地場SIerのドゥアイネットはその恩恵を受けた1社だ。従業員が20名足らずで、半数が客先常駐という状況だったが、参加から3年目の06年10月に客先常駐をゼロにすることができた。県庁の案件を確保し、ユーザーを優良企業に絞り込むことで利益体質を改善。02年に0.6%だった経常利益率は、05年には8.5%まで向上し、利益余剰分を研究開発などにつぎ込んでいる。
長崎県は、地域経済循環という枠組みにとどまらず、まったく新しい取り組みに乗り出した。09年12月、自治体クラウドサービスの外販を開始したのが記憶に新しい。すでに、徳島県と和歌山県で導入を進めている。長崎の地場SIerは、導入先のコード体系や制度に合わせて初期設定やカスタマイズを担当し、導入先の地場SIerに運用・保守を委ねる方針だ。
これを機に、OSSのビジネス化に弾みをつけたい意向だが、実状は順風満帆とはいえないようだ。現在、長崎県が音頭をとり、NISAが組織する「オープンソースベンダーフォーラム長崎」(OSVFN)とともに営業活動を展開しているが、岩永事務局長は冷やかな見方をしている。なぜなら、そもそもOSSのビジネス化に疑念を抱いている長崎の地場SIerが少なくないうえ、導入先となる自治体の地場SIerからは反発が起きているからだ。
中小の地場SIerは、元請けとして県庁の案件を獲得する機会を得られるようになる。一方で、メーカー系列の老舗SIerは競争相手が増え、自治体向け事業の見直しを迫られることになる。これは、長崎県内で起こった「ながさきITモデル」への反発と同じ構図だ。老舗SIerは、新規参入してくる中小SIerに“既得権益”を奪われることになった。
富士通系のオフィスメーションは、「ながさきITモデル」とは距離を置いてきたが、石橋洋志社長は「世の中の動きをみると、クラウド/SaaSの利用に向かっている。(自治体クラウドサービスは)方向性としては間違っていない」と話す。地場SIerがいくら反発しようと、既存のビジネスモデルでは生き残れないことは確かだ。(信澤健太)