サイボウズの青野慶久社長は、中小企業向け事業の中長期戦略について本紙のインタビューに答え、大幅な戦略転換を図る方針を明かした。短期的には、従来通り国内企業向けにグループウェアのライセンス販売を柱として推進するものの、中・長期的には他社との協業によるSaaSの販売に軸足を置く。青野社長は、「既存のビジネスモデルではサイボウズに未来はない」と危機感をあらわにしながら、戦略転換に踏み切った決意の固さを語った。グループウェアのトップシェアメーカーが、中堅・中小企業(SMB)市場で「自己改革」に乗り出す。
「ライセンス販売に限界」と青野社長
従来の中小企業向け事業では、グループウェア「サイボウズ Office」のライセンスの販売によってきっかけをつくり、その後、Web型データベース「デヂエ」などの関連製品を提案。顧客単価を上げることで、ビジネス拡大を図ってきた。しかし、中期戦略では、従来のように自社製品だけをライセンス販売するビジネスモデルに固執しない。自社だけでなく他社からもアプリケーションを調達して、それらを一括してSaaS型サービスとして提供。売り上げをパートナー企業と分ける協業戦略を推進する。
具体的な中身はこうだ。サイボウズのデータセンター(DC)で、自社・他社を問わずアプリを運用し、SaaSで販売する。ユーザー企業は一つのポータル画面で必要なアプリを選択して購入・利用できる仕組みで、「ITツールのショッピングモールのような位置付け」と青野社長は表現する。サイボウズはアプリメーカーとしての顔をもちながら、SaaSのプラットフォームベンダーの役割も果たすことになる。
アプリは、サイボウズがどの業種・業界でも利用する日報管理や情報共有などの汎用アプリを用意し、他社からは各業種特有のニーズに適したアプリを調達する。「業種に特化した専門性の高いアプリを当社で開発するのは不可能」(青野社長)と判断して、「業界の専門知識をもつ企業をパートナーとして取り込む」(同)という考えだ。パートナーにソフト開発力がなければ、サイボウズが代行して開発する。
すでに、リサイクル関連企業のアミタエコブレーンや、外食チェーンおよび美容院向けPOSシステム販売に強いジャストプランニングなど、5社とパートナー契約を締結。協業を開始している。
サイボウズは、これらのパートナーを、アプリケーションの調達先としてだけでなく、販売パートナーとしても位置付ける。「税理士や会計士が、顧問先企業に対して自分の好みの業務ソフトを販売するような形が理想。それぞれの業界で力をもつコンサルタント会社やアウトソーシングサービスベンダーに、当社のSaaSを提案してくれるようにお願いしている」(青野社長)。この仕組みで提供するSaaSを、「サイボウズ かんたん SaaS」という商品名で今年度(2011年1月期)から販売を開始。年度内に1万5000ID(ユーザー)の獲得を目指す。
青野社長は「『サイボウズ かんたん SaaS』は、サイボウズが追い求めてきた中小企業向けビジネスへの回答だ。中小企業が本当に欲しいアプリは、業種・業界に特化した専門的なもの。当社は、この仕組みのなかではプラットフォームベンダーの役割を担い、自社アプリよりも他社のアプリの拡販を優先的に考える」と説明している。
従来型のグループウェアを中心としたオフィスアプリのライセンス販売に「限界を感じている」と、青野社長は危機感を示している。グループウェアのトップメーカーが、従来型ビジネスに成長性を感じていないというのだ。サイボウズは、「自社開発のライセンス販売」というモデルから「他社との協業によるSaaS販売」というモデルに大きく舵を切り、中小企業向けビジネスの拡大を狙う。

青野慶久社長は「戦略を転換しなければサイボウズは死ぬ」とまで語り、危機感を示した
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青野社長が限界を感じた理由は…
マイクロソフトや日本IBMといった世界的ソフトウェアの巨人を抜き、創業から10年で国内グループウェア市場トップの地位までのぼり詰め、東証1部上場も果たしたサイボウズ。当初、「中小企業や大手企業の1事業部門にしか導入実績がない、しょせん小規模事業者向けどまりのソフト」と揶揄された状況は徐々に変化し、最近では数万ユーザーを抱える企業・団体への納入実績が出てきた。苦労した間接販売網の整備も今はひと段落し、販社経由の販売も増えている。資本提携戦略で失敗して連結業績は不振だが、サイボウズ単体のソフトウェアビジネスは今も伸びている。
この好調のさなか、青野社長がSMBビジネスに対する危機感を示したのは、「すでにグループウェア市場は飽和し、今後は競合他社からの乗り替え案件もそうは増えない。短期的に成長しても、中長期では伸びない」と実感しているからだ。今回の戦略は、この危機意識から生まれている。先日発表したマイクロソフトとの協業も、同様の理由からだ。
青野社長は、「中小企業に本当に必要なアプリケーションとは何かを突き止めた結果」として、業種特化型のアプリを他社と協力して開発し、SaaSで提供するという今回の戦略を固めた。「売るのはITベンダーではなく、各業界の業務知識に富んだ相談相手のような企業がメイン」というユニークな販売方法も考案した。 成功するか否かは不透明だが、新しい仕組みにチャレンジし、生まれ変わろうとする姿からは、いち早くサバイバルの荒波に身を投じる覚悟さえ感じられる。
どの業種、どの企業規模でも販売対象になる最も汎用性が高いソフト「グループウェア」の飽和の気配は、国内ソフトウェアのライセンスビジネスというモデルそのものが曲がり角に差しかかり、次なる一手を打たざるを得ない状況を浮き彫りにしている。(木村剛士)